第2話 悪徳令嬢(?)はタクシーで泣きたい

スライムを冒険者ギルドへ送り届けたあと、俺は王都の外れに移動して軽く休憩していた。


「……スライムを乗せるとは思わなかったな」


 腰痛クッションに体重を預けながらぼやくと、

 例の異世界仕様カーナビが勝手に点灯した。


《本日の運行アドバイス:感情の乱れた乗客が近づいています》


「いやホラーかよ……。どっから見てんだよ」


 突っ込みを入れた直後だった。


 カツ、カツ、とヒールの高い靴音が近づいてくる。


「そちらの……タクシー、ですわね……?」


 振り返ると、青いドレスの女性が息を切らして立っていた。

 貴族らしい上品な顔立ち——しかし、その目は真っ赤だ。


「ど、どうぞ。乗れますよ」


「……失礼いたします……」


 女性は乗り込んだ瞬間、ポロッと涙をこぼした。


「わ、わたくし……婚約破棄、されてしまったのです……!」


 第一声がそれだった。


(スライムの次はこれか。異世界の悩みって忙しいな……)


 俺はそっとメーターを押す。


《乗客属性:令嬢》 《精神状態:不安定(深呼吸推奨)》


「余計な診断機能までついてるのかよ……」


 アクセルを踏み、ゆっくりと走り出す。


「行き先は、どちらへ?」


「……どこでも……いいのです……。このまま……遠くへ……」


「気が済むまで、ドライブしますか」


 その言葉に、彼女はわずかに肩を震わせた。


「……よろしいのですか?」


「タクシーは、お客さんの気持ちが落ち着くまで走るのも仕事です」


 しばらく走っていると、バックミラー越しに彼女の唇が震えているのが見えた。


「……“悪徳令嬢”と、呼ばれておりますの……」


「は?」


「人をいじめているとか、嫌がらせをしているとか……。全て……誤解なのですのに……!」


 詳しく聞けば、ただの嫉妬による噂話だった。  陰口の連鎖で婚約者に誤解され、結果、婚約破棄になったらしい。


(……スライムの“いじめ”と同じ構図じゃないか)


「令嬢さん」


「……はい……?」


「悪徳ってのはな。裏で人を操ったり、財産奪ったりするような本物の悪役のことを言うんですよ」


「……わ、わたくしは……そんな……」


「あなたは、不器用で、ちょっと頑張りすぎただけだ」


 ルームミラー越しに、目が合った。


「昨日のスライムだって、必死に自分の居場所探してたぞ。あんたも同じだよ」


 しばらく沈黙が続き——。


「……ふふっ」


 小さな笑い声が上がった。


「あなた、変わった方ですわね……。でも……心が軽くなりましたわ」


《推奨:癒しスポット“ルーナ湖”。気分転換に最適》


「また勝手に提案してきたよ……」


「ルーナ湖……行ってみたいですわ」


「了解。メーターそのままで向かいます」


 湖へ向かう道は明るく、車内の空気も少し温かかった。


 しばらくして到着すると、令嬢は息を呑んだ。


「……なんて美しい場所……」


「泣きたいときは、景色に泣かせてもらうのが一番ですよ」


 そっとハンカチを差し出す。


 令嬢は受け取り、小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます。わたくし……また笑える気がしますわ」


 彼女が降りた瞬間、カーナビがまた光る。


《乗客の心情:安定》 《満足度:★★★★★》 《料金:銀貨12枚》


「だからその満足度って必要なのか……」


 苦笑しつつ、俺はエンジンをかけ直す。


「——さて。次の客は、どんなやつが来るんだ?」


 異世界タクシー二日目は、まだ始まったばかりだ。

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