日本に日本人専用ダンジョンを作りました

鉄斎

第1話

四月、本来なら新しい生活が始まり少しずつ未来の形が見えてくる季節だ。

だが藤堂遥斗、二十二歳の俺にとってその春は終わりの始まりだった。


「……大変申し訳ないが会社としてこれ以上の存続は不可能だ」


会議室でそう告げられたとき頭が真っ白になった。


入社して、まだ一週間も経っていない。

研修を終え仕事を覚え始めたばかりだった。


倒産。


その一言ですべてが終わった。


一年前、両親は交通事故で亡くなった。


突然だった。

警察からの電話も病院の白い天井も今でも鮮明に覚えている。


残されたのは郊外の一戸建てと乗用車が一台。

そして死亡保険金。


十五歳の妹・遥香は今年の四月から寮のある高校に進学した。

学費も生活費もすぐに困ることはない。


それでも――

「……俺、何やってるんだろうな」


会社を出た帰り道、春の陽気の中で立ち尽くした。


仕事は失った。

親はいない。

守るべき妹は今は離れた場所にいる。


自分だけがこの街に取り残されたような感覚だった。


そのとき。


視界がわずかに揺れた。


最初、疲れのせいだと思った。

だが、次の瞬間――

世界が割れた。


足元の感触がまるで違った。


アスファルトではない。

湿った土と枯れ葉の感触。

鼻を突く腐った匂い。


「……は?」


顔を上げる。


そこは森だった。

ただの森ではない。

木々は異様なほど高く空を覆い隠している。

光はほとんど届かず周囲は薄暗い。

背後を振り返った瞬間息を呑んだ。


巨大な石の門。


高さは十メートルを超え、表面には見たこともない文字が刻まれている。

門の奥は、完全な闇だった。


理解するより先に、体が感じ取っていた。


――ここは危険だ。

そして同時に頭の中に声が響いた。


《スキル付与を確認》


《武術の極み》

《魔術の極み》

《錬金術の極み》

《耐性の極み》

《生産の極み》

《統治の極み》

《無限ストレージ》

《言語理解》

《異世界転移》


「……意味が分からない、なんだこの極みシリーズ?」


だが不思議と恐怖はなかった。


門に刻まれた文字が自然と理解できる。


【死の森最奥・最最難ダンジョン始まりの試練】


HP、MPも、レベルもない。

ジョブという概念すら感じられない。


「数値なし……、スキルがすべてってことか」


そう直感した。

なぜ自分がここにいるのか。

なぜ、こんな力を与えられたのか。


答えはない。

だが、一つだけ確信できた。


ここは、逃げ場じゃない、選択の場だ。


俺は門に手を伸ばした。


重厚なはずの石門は驚くほど静かに開く。


闇の向こうから圧倒的な気配が流れ出した。


「……帰れるよな」


そうでなければ困る。


妹を残したまま消えるわけにはいかない。


藤堂遥斗は一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る