第三話「大邪神の訪問」
「回想終了……あれれー、おっかしーなー!! 」
閉じていた目を開ける。
「やっぱ脈アリだっただろ!? ……なぁおい、マジで何がどうしていつもこうなんだッ!!! 」
僕は、一度に特定の一人にしかアプローチをしない。二人以上の異性に同時に好意を示すことは不誠実で、恋人を作る上で最終的に損をする手法だ。つまり二年生に上がってこの春まで、僕は一貫して天束 柚乃にだけ、それとなく好意を示し続けてきた。
――彼女がそのアプローチに「デートくらいなら」と応えたのは確かなはず。
しかし現実は、デートの手前で突然のシャットアウト。やはり交際以前のタイミング。
キリッ。鏡の前で目つき鋭く、こう考察してみる。
「やはり。呪いの発動条件は、両思いになること、プラスして、一晩という時間経過」
いつも決まって、次の日唐突に拒絶されるのだ。もしかすると「一晩眠る」ことが関連しているのかも知れない。つまり「夜」や「睡眠」といった時間や生理的条件が――
「ま、そこまでわかったからって、状況は何も好転しねぇわな」
脱力し、ベッドの上に腰掛けて、最終ラウンドを終えたボクサーのように項垂れる。
これ以上は頭打ちだ。自分の人間性と見てくれをこれ以上磨き抜いたとして、本当に呪いに打ち勝てるのだろうか。
しかし何よりも、心にダメージがあったのは。
「……酷いことしちゃったな、天束には」
一年の頃から知っている。彼女は、どんな時でも笑顔を心がける人だ。無理をしてでも気丈に振る舞う人間性で「マジで無理してないよな? 」なんて、本気で心配になってしまうことも多い。
そんな彼女が、あんな表情を……きっと僕の「呪い」によって、とても辛い思いをしたに違いなかった。
――敗北を、受け入れるべき時なのか。
今通う都内の私立校「
(特に何よ最後のは。めちゃ羨ましいんですけど)
「ともかく、今までの経験上、僕が誰かを好きにならなければ、そもそも呪いは発動しないわけだ、つまりは……いや、やめておこう」
考え込もうとして、一旦止めた。これ以上は堂々巡りだ。面倒になる前に勉強や運動、日々のルーティンを済ませて夜は久々にオタ活に注力しよう、明日はバイトもあるわけだし――
何度目か知れない手痛い失恋の痛みを誤魔化し、机の上に教材を広げた時だった。
階下のインターホンが鳴った。
***
「誰じゃーい。こんな時間に」
今僕が住む物件は、マンションタイプだが居住スペースが二階分あり、妹と同居している形だ。妹に限らず、僕を除いた家族は誰もが根っからのアウトドア派なので、この時間に訪ねる人間なんてそうはいない。
(天束ってことはないだろうし)
待たせても良くない。姿見の前で髪型をサッとチェック、表情の作り方を確認して階下へ降りる。
まず、インターホン越しに来訪者の存在を確認すると。
「……女の子? え、どなた」
インターホン越しに映し出されているのは、美しい黒髪を伸ばした美少女だった。画質の悪いインターホン越しでも、艶やかな黒髪が光を反射し天使の輪っかを作っている。賢しげな目つきと表情、制服からして中学生だろう。どことなく品の良いお嬢様という感じ。
(知り合い、じゃねぇな。うん、記憶にござらん)
初対面でも、出来るだけ人の顔と名前は覚えるよう気をつけている。だがそもそも、知り合いの中に中学生なんて、友人の弟・妹以外にいない。それに、これほど印象が強い美少女なら一度会っていれば忘れようがないだろう。
なるほど、と納得し「はーい」と明るく返事をして、ドアを開けてこう言った。
「こんにちは。ごめんね、妹……
目の前にすると、画面越しとは比べ物にならない。圧倒されるほどの美貌だった。
瞳は大きいが、少し切長で印象的な目元。見つめ返す視線は異様に大人びている。肌は雪のように冷たそうな白さで、黒を基調とした制服とのコントラストで目眩がしそうなほど。
(芸能人、とかじゃないよな)
幼い少女のはずなのに、気圧されるほどの迫力。少し睨みつけるような視線でこちらを見据えてくるせいで、つい後退りしてしまう。
彼女は、唐突にその形の良い唇を開いた。
「別に、妹なんぞ興味ないわ。用はあるのはお主だけだ、唯人」
幼くも芯の通った声に、やけに古風な言葉遣い。一瞬、何を言われたのか理解できなかった。言われた言葉を頭の中で繰り返し、なんとか受け入れた。
(僕の名前、知ってんだ……ってか、呼び捨て!? )
だが、知り合いの名前を忘れるとはやはり考えづらい。学校じゃそこそこ名が通っているので、知り合いの知り合い、と言ったところか。
上目遣いの彼女に、威圧感を与えないためにも、少し腰を落として目線を合わせ聞いてみる。
「えぇっと、ごめんね。君のこと知らなくて。誰かから聞いたのかな」
後の会話をスムーズにしようと予想を立てる。クラスメイトや先輩、後輩、バイト先……脳内の人脈フォルダを総当たりするが、似た面影を持つ知り合いは、やはり思いつかない。誰かの妹、という線はなさそうだ。
すると彼女は「むう」と言って膨れてみせた。大人びた雰囲気が一気に子供っぽくなる。ギャップ萌えで大変可愛らしい。
「ず、ずっと昔に約束をしたじゃろ」
「昔? どれくらい前? 」
「十二年前じゃ」
「十二年前!? 」
(ポ◯モンがXYくらいの頃ってこと? あれ、そんな前だっけ。それは流石に嘘だよ……)
時間の流れに少し目眩がする。もし彼女が言うことが正しいのなら、僕が小学五年生くらいの頃だ。そもそも、その頃なんて都内とは遠く離れた母型の実家、九州の田舎にいた。
「勘違いじゃ、ないかなぁ」
そもそも彼女が生まれているかも怪しい。つまりは口から出まかせ、という可能性の方が高そうだ。しかし彼女は語気を荒げ食い下がる。
「わ、忘れたなんて言わせぬぞ! いつか、一緒に……」
「一緒に? 」
「たくさん遊んでくれると、約束したじゃろ!! 」
彼女は早口で語った。
「ゆーちゅーぶも、対戦げーむも、漫画も、らのべ? も、すごく面白いと、一緒にやろう、見よう読もうと言ってくれた! なのに、忘れたなんて、そんな酷いことは言わせぬぞ! 」
――玄関前で騒がれるのは流石に周囲に迷惑だ。とはいえ、家に上げるのも躊躇われる。僕は「声を抑えて」とゆっくり言うと彼女はもっと言いたげなのに堪えて「……うぬ」と不承不承頷いた。やはりそんなところは年相応だ。
「う、うぐっ、グス、くすん」
急に感情を昂らせた彼女の目の端には、涙が浮かんでいる。ふと、自然に胸ポケットに手が伸びた。ハンカチを出して、彼女の目の端にあてがう。
「あぁ……本当にごめんね、忘れてて。どうか泣かないでよ。話なら全部、ちゃんと聞くから」
笑いかけると、彼女はとても感動したような表情を浮かべ、顔を少し赤らめている。
「ここで立ち話、ってのも疲れちゃうよね。近くのファミレスにでも行かない? ご馳走するけど」
そこまで言ったところで、遮られた。
また一転して、深く大人びた、執念じみた声で。
「……お主が変わっておらんのは、もうわかった」
瞬間、僕の体に作用していた重力が消えた。
「んえっ!? 」
予想だにしない現象に頭が真っ白になる。視界がぐるんと上向いて、僕は後ろに向かって、吹き飛ばされていた。まるで、柔道の達人の技にかかってしまったかのよう。しかし、彼女は僕に触れてさえいないはず。
だが、超常現象はそれにとどまらなかった。
何かが、僕の両手と両足に触れて、巻き付く感触。さらにギッチリと、力をこめて掴み上げてくる。慌てて視線を左右に振るが、感触がある腕には何も見えない。
――ゆったりと、空中へ持ち上げられた。
今度は視界がゆっくりと変転する。
土足で廊下へ踏み入った、少女の異様な表情が目に入る。
目を見開き、笑みを浮かべている。不敵で、不遜な、弱い他者を見下す目つき。
(この目つき、何か変……てか、気配がもう人間のそれじゃ、ない)
いや、彼女の表情だけじゃない。今、こうして超常的な力で宙吊りにされている状況、つまりは。
達しそうになった結論を、至近距離に迫った彼女が先んじた。
「
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