第3話 ビキニアーマーの子

 ビキニアーマーの美少女は、警戒しつつ、こちらに近づいてきた。そして俺の目の前で絶命しているケルベロスを、爪先で何度かつついた。


「間違いない、ケルベロスだ。しかも死んでる……」

 彼女は、改めてこちらに視線を向けてきた。

「おまえが倒したのか!?」


 俺は顔の前で手を振り、

「いえ、何もしていませんよ。怖くて動けなかったくらいです」

 と答えた。


 嘘ではない。

 絶対無敵バリアは、自動的に発動する異能力らしく、本当に俺は何もしていないのだ。ケルベロスが勝手に突撃してきて、勝手に顔をぶつけて死んだだけである。

 まもなく俺の発言は、異世界翻訳機の機能により、現地の言葉に変換された。


──ああ、何もしていない。指一本動かす価値すらなかったからな──


 え、と俺は戸惑う。

 現地の言葉に訳された俺の言葉が、再度日本語に変換され、俺の耳に届いたのだが……。

 その内容が、俺の意図したものとまったく異なり、さーっと熱が引いていく。


(ちょっと待て! そんなこと言ってねぇぞ!)


 彼女は目をぱちくりさせて、「は?」と言った。

 そりゃそうだ。

 現地人にしてみれば、「何だこのイキリ野郎」って思うに違いない。

 やがて彼女は言った。

「それって、動かずともケルベロスを倒せる、それほど自分は強い……ってコト!?」


「いやいや違いますって! そんなこと言ってないです!」

 俺が慌てて否定すると、


──何も言うことはない──


 翻訳機はまたバカみたいな翻訳をした。

(おい! そんなふうに訳したら認めてるみたいじゃねぇか!)


 すると彼女は、引き笑いのような表情を浮かべ、

「ケルベロスと相対して、そこまで余裕だなんて、すごい……!」


 まるで俺が強者であると認めたような発言をした。

(そう解釈しちゃうよねぇ!  あんなふうに訳されたらさぁ!)


 俺はポケットに手を突っ込み、スマホ型の異世界翻訳機を取りだした。画面には、「正常に稼働中」という文字が表示されていた。

 思わず画面をたたき割りたくなる。


「そのアイテム!」

 彼女がぐいっと身体を近づけてきた。

「もしかして異世界からきたのか?」


 下手に発言するとまた誤解を生むと考え、無言で頷くに留めた。


「ということは、古い伝承の……!」

 彼女の顔がぱっと明るくなった。

「あんたは伝説の勇者なのか!?」


 俺は慌てて首を振った。


「そんな大層なものじゃないです! ただの一般人ですよ!」

 すると俺の発言は、瞬時に翻訳されて周囲に響いた。


──この世界は大したことがないな。俺はごく一般的な人間だったんだが──


 再三のバカ翻訳に腹が立ってきた。


(大事なところを誤訳すなー!)

 心の中でツッコむ。『俺はごく一般的な人間』という部分は正しいのが、余計にムカついた。


「あんたの世界ではこれが一般的、と。……すごい、やっぱりあんたは勇者なんだな!」


(だから違うっての!)

 俺は翻訳機に頼るのはやめ、身振り手振りで否定を表現した。

 すると彼女は、さすがに違和感を抱いたようで、首を傾げた。


「ええと、なんだか勇者じゃないって言ってるような……?」


(そうそう! その通り!)

 俺は何度も頷いた。


 彼女は顎に手を当てて、うーむと唸っていたが、

「異世界とこっちでは、文化や価値観が違うんだなぁ……」

 とまったく見当違いの解釈をした。


(勝手に納得すなー! もっと疑えー!)

 俺は説得を諦め、がくりとうなだれた。


 神から与えられた異世界翻訳機は、間違いなく不良品だ。

 現地人の発言は普通に翻訳されている(多分)のに、俺の発言だけが変に訳されてしまっている。


(こんな不良品じゃ、まともにコミュニケーションできないぞ……)

 俺が戦々恐々としていると、


「あたしメリーナ・ハルトマン!」

 彼女は名乗り、俺の手を取って胸の前で強く握ってきた。

 ビキニアーマーでは隠しきれない豊満な胸を前にして、目のやり場に困ってしまう。


 メリーナは、そんな俺の内心などお構いなしに、

「伝説の勇者! あたしと一緒に魔王と戦おう!」

 純粋そうな目をキラキラさせて、そんなことを言うのだった。

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