翻訳機の誤訳のせいで、スローライフ希望の俺がビッグマウスの勇者にされてしまったんだが

なかたかな

第1話 負けるという選択肢はない

──ああ、負けるという選択肢はない──


 俺が発言すると、謁見の間は沸き立った。

 王は満足げに頷き、王女は涙を流して喜び、衛兵たちは手を叩いて賞賛した。


「さすが勇者。頼もしい言葉だ」

「どうか魔王を討伐してください!」

「勇者さま万歳!」


 周囲の盛り上がりをよそに、俺は汗ダラダラ、心臓バクバクだった。

(そんなこと言ってないんだが!)


 そう、俺は言っていない。

 先ほど俺は、この国の王に魔王討伐を請われ、「いや、勝てるとは思えません」と発言しただけだ。

 しかしこの発言が、翻訳機の不具合により「ああ、負けるという選択肢はない」と誤訳されてしまったのだ。

 結果、魔王討伐など造作もないという大言壮語に変換され、周囲に伝わってしまったのである。

 実際の俺は、魔王討伐の力などない、スローライフ希望のおっさんなのに。



 なぜこんなことになったのか、少し時を遡って説明しよう。

 俺は山田ヨシヤ。三十五歳、独身のおっさんである。

 現世ではクソみたいな人生だったので、異世界ではゆっくり暮らしたいと思っている。


 現世で死んだわけではないので、元の肉体そのままに異世界にやってきた。慣れ親しんだ身体なのでありがたい。

 ただ、神から懸念があると伝えられた。

 現世から直接、異世界に行く場合、大きな不都合が生じるという。

 それは、現世と異世界では言語体系が異なるため、自然な読み書きと発話ができないということだ。


 一人だけで生活するのには限界はある。最低限のコミュニケーションは取りたい。

 そこで神から賜ったのが、異世界翻訳機であった。

 見た目はスマホで、それを身につけておくだけで、文字は日本語に見え、書こうとする文字は現地の言葉になるという。発話についても同様だ。

 非常に便利なアイテムではあるが、神が気になることを言っていた。


──実はのう、それはまだ試作機でな。実地テストはまだなんじゃ。


 それでも問題ないと思い受けとった。

 神の作った機械だ。問題など起こるはずがない、と。


 ……その甘い考えは、すぐに否定されることになる。

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