第七話 短編『むるぎーの出会い』
第七話 短編『むるぎーの出会い』
第一章 檻の中の空
第一節 揺れる馬車
がたん、ごとん。
揺れる馬車の荷台の隅で、むるぎーは静かに身を寄せていた。
薄暗い檻の中、大勢の仲間と共にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
その羽はまだ幼く、声も高く、羽ばたく力も弱い。
雄の鶏に待つ運命がどんなものか、むるぎーにはまだわからなかった。
けれど、仲間の中には震える者もいた。
「ここ、どこへ行くの?」
「売られに行くのさ。きっと、怖いとこに…」
誰かがそう呟いた。
むるぎーは、それでも外の空を見ていた。
青く高く広がる空。
その隙間から一筋の光が檻に差し込む。
がたん!
突然、車輪が大きな石を踏んだ。
馬車が大きく跳ね、荷台の檻がいくつも宙を舞う。
ごとっ、ばきん!
むるぎーの檻もその一つだった。
転がり、壊れ、地面に落ちたとき、檻の隙間が開いた。
第二節 逃げる仲間たち
「逃げろ!」
「はやく、森へ!」
仲間たちが飛び出していく。
草むらへ、林の影へ、散り散りに。
けれど、むるぎーは動けなかった。
お腹が空いて、力が入らない。
羽も足も、鉛のように重い。
そのとき、網を持った農夫が近づいてきた。
「おっと、こいつは逃がさんぞ!」
目の前に網がかざされる。
もうダメだ、とむるぎーが目をつぶろうとしたとき。
第三節 優しい声
「――その子、売ってくれませんか?」
その声は、どこまでも静かで、優しかった。
農夫が驚いて振り返る。
「おや、パラマハンサさま。これは、めったにないことを……いや、売るなんて滅相もない。雄で役に立ちませんが、どうかお納めくださいませ」
少女は深く頭を下げ、両手でむるぎーをそっと抱き上げた。
「ありがとう、ありがとう」
むるぎーは、その腕の中の温もりに包まれながら、目を閉じた。
初めて、安心を知った。
第四節 丘の上の出会い
しばらくして、むるぎーは柔らかな草の上に下ろされた。
風が吹いている。
目を開けると、そこは小高い丘の上だった。
遠くに、田畑や村の屋根が見える。
少女が穏やかに言った。
「お腹、空いているの?」
懐から、布に包まれた一握りの穀物を取り出す。
「カヤに頂いたものだけど……食べる?」
その言葉の意味は分からなかったけれど、
むるぎーの本能がそれに応えた。
ちいさな嘴が、穀物に触れた。
ひと粒。
ふた粒。
命が、身体に戻っていく。
少女が、微笑んだ。
「ふふっ……貴方も、白鳥ね」
第二章 むるぎーの決心
第一節 目覚め
翌朝、むるぎーは初めて自分から目を覚ました。
優しい日差し。
木漏れ日。
少女――ヴィダニヤは、もう起きて小さく祈っていた。
風に揺れる白い羽根の刺繍が、朝陽に光って見える。
むるぎーは、すっとその姿に近づいた。
何か、胸の中があたたかかった。
「おはよう、むるぎー」
名前を呼ばれると、嬉しかった。
それだけで胸がいっぱいになった。
第二節 旅のはじまり
小道を歩く少女の後ろを、むるぎーはちょこちょことついていく。
ときおり道に迷い、ときおり立ち止まり。
けれど、ヴィダニヤはいつも静かに空を見上げて、風に問いかけるように歩いた。
むるぎーは、振り返られることもなかったけれど、
不思議と寂しくはなかった。
「今日は、あの村に行こう」
少女がぽつりと言った。
それだけで、むるぎーは誇らしかった。
自分は、旅の仲間なのだ。
第三節 雨の夜
ある日のこと。
夜、空が泣き出した。
強い雨、雷の音。
ヴィダニヤは木の下に小さくしゃがみ、むるぎーを抱きしめた。
「大丈夫、怖くないよ」
雨の音が激しくなるたびに、彼女は少しだけ力をこめて、むるぎーを守ってくれた。
むるぎーは思った。
――ぼくは、護られている。
でも、ぼくも、護りたい。
そんな気持ちが、胸に生まれた。
第四節 ついていく決心
朝日が差し込んだその翌朝。
ヴィダニヤが草を払いながら立ち上がった。
「そろそろ行こうか、むるぎー」
むるぎーは、小さく「コケッ」と鳴いた。
もう、迷わない。
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