あとがきへの応援コメント
私はきっと、わたねべさんの精緻な思考に、全然ついていけていないと思うのです。
だから、こんなアホなイチ読者もいると、お読みいただければ幸いです。
「あなた、実は全然、『愚行』だなんて、思ってないでしょ」。
私は、この主人公に、最初にこう話しかけて、観察する時間、一緒におしゃべりしたくなりました(たぶん、私の頭を割られる)。
自分にとって最優先の「価値観」があるなら、人間として一般的とされる「行為」の判断基準は、その人間にとって、まったく意味を持たなくなる。
「価値観」の根底に、それを支えるこれまでの「経験」と、むき出しの「感情」があるなら、尚更です。「我慢は毒だ」「励ましは鉛だ」「涙は狼煙だ」。
心に染み入るフレーズです。
器を愛でる主人公を、私が観察していたい。そんな贅沢な時間でした。
作者からの返信
アホだなんて、そんなことはありません。うれしいです。
そして、細部まで読み込んでくださりありがとうございます。
お礼と、この後に続く長文の返信に対する謝罪をさせてください。
おっしゃる通り、きっと主人公は自身の行いを愚行だと思わなかったはずです。しかし、それはあくまでも「自分」だけを考慮した場合なのかなと思います。
そこに他者が介入することで、善行にしか思えない行為は、途端におせっかいや余計なお世話に姿を変えることもあります。
「弱い者いじめはよくない」
このセリフは、助けを求める人にとっては善行に見えるかもしれませんが、プライドのある人間にとっては愚行に映るでしょう。優しさとは受け取り方によっては「見下し」をはらんでいるのかな、なんて。
そして、狼煙はその根本を絶たなければ上がり続けます。もっと言うなら、狼煙を上げなければならない状況を解決しなければ、人はまた火を起こし、狼煙を上げ始めます。
優しい人の天秤が、度を越えた救済に傾いた時、ガラの悪い人から発せられる「殺すぞ」なんて、脅しよりもよっぽど怖い結末が待っているのではないか。そしてそれは、はたから見ると愚かな行為なのではないか。
そんな問いかけを込めた作品です。
そのため、ナカメグミ様の感想はものすごくうれしいです。
読んで、感じてくれて、しかもそれを伝えてくださるなんて、涙が出るほどうれしいです。
長くなってしまい本当に申し訳ございません。
とても励みになります!!
我が愚行への応援コメント
読み終わって、ゆっくり考えていました(゚∀゚)
5分くらい考えて、「なるほど、そうか!!」と思ったことを書いときます。
■その行為が
■誰のため
■本当に救いか
まとめ:「善意=加害」となりうるジレンマ
こんなテーマが隠れているような気になりました。
なんとなく現代社会を風刺しているような興味深い作品でした(*'▽')
作者からの返信
コメントありがとうございます!
善意の押し付けは加害になりうる事は知りつつも、善意を押し付けてもらえなかった事でなくなった命を知っている。
そんな失敗体験に翻弄され、推進力としてしまう我の愚行ですね。
その行為は、自分のためで、救いかどうかは受け取り手が決める。
社会というよりは自分を刺すためのナイフかなあと。
あとがきへの応援コメント
おっと( ゚Д゚)