桜になったその日まで
萬多渓雷
第いち話「世界を知る前の私のあの頃」
これは、私がママに"桜"と名前をもらうまでの与太話。
なんてことのない、よくある少し苦くて、少し酸っぱい退屈な話だよ。
私がレズであると気付いたのは多分中学生ぐらいの時で、気付き方は『あ!今そうなった!』とかじゃなくて、『私って多分その分類だ』って感じだった。
中学の、何かの授業。教科までは覚えてない。
その時、先生が話した同性愛の話。誰を好きになったとか、誰と誰が付き合ったとかで授業中に手紙を回すような年頃の私たちには、そういった世界を知るにはもってこいの授業なんだ。
今思い出したら、多分あの子とかあの子とかはアニメや同人誌が好きだったからそういった世界があることは知っていたんだろうな。
私は先生からその話を聞かされるまでそんな恋愛観があるだなんて知らなかった。
アニメや、クラスで話題になるようなテレビ番組は母から許されていなくて、あるとすれば三国志や偉人の漫画風教材だけ。
別につまらなかったわけじゃないし、他の人のことを羨ましいとも思ってなかった。
食べたことも聞いたこともないスイーツを食べたいとは思わないのと一緒だと思う。
同性を好きになる人がいると聞いた時、すぐにピンときたわけではない。
その時思ったのは『まだ男を好きになったこともない』ってぐらいで、そもそも好きになるってなんだと思った。
「美月は好きな人いないの?」
「いないよ。お姉ちゃんはいるの?」
「私は彼氏いるから。
あ、ママには内緒にしておいて。
色々面倒くさくなりそうだし。」
「だね」
二個上の姉にその日に聞いた話を聞いた感想を言った。
姉の瑠海は当時から人を好きになるということに出会っていた。
私の家族。
佐田家には見合いでくっつけられた母と父、それと姉の瑠海(るみ)と私、佐田美月(みづき)の四人家族だ。
佐田家は代々生まれた季節を象徴する漢字を名前に入れるらしい。
父は柊一郎で冬のヒイラギ。
姉は瑠海で夏の海。
私は美月で秋の十五夜が綺麗だったから月を入れたらしい。
子供が女しか生まれなかったから、その風習もここで止まる。
長男の父には、まあお気の毒にと思うぐらいしかない。
瑠海がいうには、ドキドキするらしい。
『何が?』と聞き返したら呆れられたっけ。
当時の私はそれを異性に感じたことはなかった。
しかしそのドキドキが胸に感じるものだと聞いた時、思い当たる節はあった。
小学生の時、別に望んではなかったが瑠海と同じピアノ教室に通っていた。
先生はすごく優しい人で、どうしても瑠海との差を気にしてしまった私を励ましてくれた。
私の手に触れながら一緒に鍵盤を押してくれる。
幼いながらにその手の暖かさに緊張と高揚を感じていた。
先生の顔を思い浮かべながらぬいぐるみにキスの真似事をしてみたこともあった。
先生を思い書いた手紙もあった。
小学校卒業と同時にピアノ教室をやめた。
その最後の授業の時に渡そうと思ったけど、別れの辛さと恥ずかしさで渡せなかったんだけど。
私はそれを思い出したことで自分がレズなんだと気付かされたのだ。
ほどほどに勉強をさせられて進学したのは、ほどほどの進学校である女子校だった。
瑠海はまた一つ上のランクの共学に通っている。
そこでは私と同じ恋愛観を持つ人は珍しくなかった。
大々的に公表している人もいれば、仲のいい人たちだけが知っているというのもあって。学園内で付き合っている先輩もいた。
入学してから一年間は自分がそうであると話せなかったが、次第に私から異性との色恋の話や噂が無いことを不審がった友達になし崩しで話さざるを得なくなった。
自覚していないが、私は世間一般的には男に持てる顔をしてるらしい。
だからといって言い寄られるようなことも過去にはなかったし、中学時代も告白されるようなこともなかった。
恋愛対象が女性であることを話したことを皮切りに、これまであまり参加してこなかったガールズトークに青春が溶けていった。
しかも話題はいつも私の恋路。
恋愛はしなきゃもったいない。
好きという感情はある。
ならば好きな人がいないのはもったいない——という、かなり強情な連想ゲームは教室の日めくりカレンダーを凄まじい早さで千切っていった。
二年生の一学期。
夏休み直前に控えた頃。
その連想ゲームは私を美容院に向かわせ大胆にショートカットを依頼させていた。
友達からの『少し中性的な、かっこいい系の方が絶対にあう』とい言葉も理由ではあるが、私自身、幼い頃から憧れていた瑠海の影響で伸ばしていた髪に飽き飽きしていたこともあり決断したことである。
瑠海は『母に秘密して』という枕詞をつけ、ことあることに私に自身の恋愛事情を話してきた。
私が言ってこないことをいいことに。
自慢げに。
だから髪を切りたくなった。
こいつになったら、こんな話しかできない人間になってしまうと思ったから。
家族には話さずバッサリいってやった。
母はそんな私をみてあまりいい顔をしていなかった。
「前の方が女性的で良かった。まあ髪は伸びるから…」
その後の言葉は覚えてない。
多分、イラついて聞く耳を持たなかったんだと思う。
三年生の体育祭。
四色対抗で行われ、クラスが同じものたちで戦う。
私は三年F組で同じ青組は二年F組、一年F組。
その二年F組の佐伯早苗(さなえ)から初めて声をかけられたのは体育祭が終わり後片付けをしていた時だった。
「佐田先輩。私—」
「あ、佐伯さん。だったよね。お疲れ様。
…惜しかったね。来年は優勝できるように頑張ってね」
「あ、はい。…あの!佐田先輩。
今日はこの後打ち上げとかですか?」
「どうだろ。でも受験も近くなってきたから、あっても少しだろうね。」
早苗はその日の夜、二十時に話したいことがあるという理由で私の電話番号を聞いてきた。
電話の内容は二人で出かけたいという内容だった。
電話番号を控える時に言えたのではないかと聞いた。
「そしたら、その日まで電話できないじゃないですか。
鈍感ですね先輩。」
なるほど。可愛らしい子だ。
私が持った早苗の第一印象はそのくらいのもんだった。
でも、私はまた忘れていたんだと思う。
恋は気付かぬうちに落ちているものだ。
数回のデートをした。
一度可愛らしいと思ってしまったら、どんどんと彼女を意識していく。
視覚的に感じていた可愛い早苗は、私を日に日にドキドキさせるようになっていった。
卒業式を間近にした二月。
私は人生で初めて手作りのバレンタインチョコを用意し、自分から早苗に告白した。
早苗は私が卒業した後のホワイトデーに『よろしくお願いします』と返事をしてくれた。
ここから、私の恋愛が始まった。
側から見たら少し歪な形をしてるかもしれない。
あの時の私のチョコみたいに。
でも当事者は盲目なんだよね。
以前感じていた違和感は女子校での三年間で変わり、私は比較的普通の人間なんだと思っていた。
始まった。
その恋愛がいつ終わるかなんてあの時の私は考えてもいなかったと思う。
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