第26話 裏切りの宮廷と竜王の怒り

白光の爆心が収まったとき、目の前の景色は一変していた。

崩壊しかけた帝都の中央塔――瓦礫の山と化した研究区画、その中心で俺はひとり膝をついていた。

肌に焼け跡、空気は鉄と血の匂いを孕んでいる。

だが、命はまだある。


「アレン様!」

リーナとレオンの声が飛ぶ。煙の中から駆け寄る足音。

その後ろでアークが倒れかけた身体を必死に支えながら歩いてくる。

肌にはまだ竜の紋が残っていたが、あの冷たい瞳はもうない。


「間に合ったのか……。」

「ええ、ギリギリでした。でもあの爆発、どうやって抑えたんですか?」

「アルディネアの力を借りた。俺だけじゃ無理だった。」


『人の子よ、お前は代償を払った。魔力の流れを一時的に食い止めたが、その代わり体は半ば“竜化”しておる。今、汝の血の中に眠る竜王の力が完全に覚醒する時を迎えたのだ。』


アルディネアの声が重く響く。

胸の奥――心臓の鼓動がいつもより重く、熱く、何かを孕んで脈打っていた。


「……竜王の力。」

「それが……王家の血に秘められた真実なのね。」

リーナが息を呑む。


「そう、俺は王族じゃなかった。神竜の契約者の血脈だった。

王家はその存在を隠して“権力”だけを継いできた。

だが、ベニアスはそれを暴き、利用した。」


そう言いながら天井の裂け目を見上げる。

そこから淡い光が漏れている。

瓦礫の下で蠢くものがいた。

ベニアスだ。


彼は血に染まった手をゆっくりと上げ、嗤っていた。

「見事だ……さすがは神竜の直系。

その力、私が欲していたものだ。アークなど所詮、不完全な試作品よ。」


「貴様……まだ動けるのか!」

レオンが剣を構える。だが、それを俺は制した。


「待て。奴を捕まえて終わる話じゃない。

ベニアスは王国の深部と繋がってる。

奴が生きている限り、権力はまた同じ化け物を生む。」


ベニアスの口元が歪む。

「そう言う貴様こそ、人と竜をまとめる“新たな王”にふさわしい。

だが人間はいつかお前を恐れて滅ぼす。

そして同じことを繰り返すのさ――神にも等しい力を恐れ、

やがて殺し合う。そんな滑稽さこそ、この世界の本質だ!」


「それでも!」

俺の声が響いた。足元の瓦礫が砕け、周囲の空気が震える。


「俺はもう見た。人の弱さも、愚かさも、そして希望も!

生き続ける限り、何度でも立ち上がる。それが人だ!」


掌に金の光が集束する。

ベニアスの足元が赤熱し、石が溶け出した。


「貴様が滅ぶことで、その証を刻んでやる!」


「やってみろ、偽りの王子よ!」


放たれたのは金と黒の閃光。

魔力の衝突が大気を裂き、爆風が壁を吹き飛ばす。

衝撃と共にベニアスの体が後方に叩きつけられ――しかし、消えなかった。


『アレン! 奴の魂が逃げておる!』


見ると、ベニアスの肉体は崩れても、その魂が黒い光の球となって浮かび上がり、空へと逃げようとしていた。


「どこへ行く気だ!」


『魂を帝国の本宮に繋げようとしている! まだ“器”が残っているのだ!』


霊体となったベニアスが狂気の笑い声を上げた。

「私は死なぬ! この血脈こそ“竜帝”を呼ぶ鍵! 

次の時代を導くのは、この私だ――!」


その瞬間、上空から光が降り注いだ。

轟音。

天を裂いて降り立つ、巨大な黒い影――竜。

いや、それはアルディネアではない。

甲冑を纏い、赤い瞳に憎悪を宿す異形の王竜。


『……アデュロス……!』

アルディネアが呻くように名を呼ぶ。


『かつて我が兄弟であり、この世界を炎で焼いた“災厄の王竜”!

まさか、魂を媒介に蘇るとは……。』


アデュロスの声が神殿の残骸に響く。

「アルディネアよ、我に逆らいし裏切りの竜よ。

今こそ、我が帰還を許せ。そして人の王の血を差し出せ。」


その邪気に空が濁り、帝都の空全体が黒く染まる。

魔力の嵐が吹き荒れ、地平が崩れる。


リーナとアーク、レオンが吹き飛ばされそうになるのを見て、

俺は立ちはだかる。


「アルディネア、奴を止める方法は?」


『竜王の血を継ぐお前と我が魂を一つに重ねるしかない。

だが――その代償は大きい。お前の“人としての存在”は消える。

竜の王として生まれ変わるのだ。』


「つまり、戻れなくなる。」


『それでも構わぬのか。』


しばしの沈黙。

リーナの声が震える。

「アレン様……それを使えば、あなたは……!」


「皆が生きる未来があるなら、それでいい。

俺は人の夢をこの手で繋ぐと決めたんだ。」


『ならば来るがよい、我が子孫よ。』

アデュロスが咆哮を上げる。天空が割れ、巨大な火柱が舞い上がる。


俺は目を閉じ、掌を前に出した。

アルディネアが翼を広げ、俺の背中に重なる。

光が金色に輝き、竜の心臓が俺の胸に宿る。


「アルディネア、共に行こう!」

『我らは一心同体。人と竜の誓いを世界に示す!』


光が巨大な竜の体を形成し、地を覆う。

俺はアルディネアと融合し、神々しい光の竜――“白光の竜王”となった。


空に舞い上がり、アデュロスと対峙する。

黒い竜と金の竜がぶつかり合い、天地が唸る。

炎と雷が交錯し、世界が震える。


『汝ごとき、人間の血を混ぜた半端者が我に勝てるものか!』

「半端者だろうが、人と竜、どちらの命も抱いて生きる。それが俺の誇りだ!」


二つの竜が空を裂き、激突した。

混じり合う光の中、金の翼が闇を裂く。

咆哮が響く。

アデュロスの身体がひび割れ、黒い血が霧のように散った。


「終われ……!」

俺は全力で突撃し、竜王の心臓を貫いた。


静寂。

黒き竜の巨体が崩れ落ち、やがて夜空へと溶けていく。


押し寄せた魔力の反動が消え、雲が裂け、星が顔を出した。


リーナが目を細め、涙をこぼした。

「アレン様……戻って……」


だが、俺の姿はもう人ではなかった。

白い鱗に覆われた竜の形。

それでも意識はまだ俺のものだった。


『人の子よ……いや、今は“竜王アレン”と呼ぶべきか。』

アルディネアの声が優しく響く。

『汝は人と竜を繋いだ。だが旅はまだ終わらぬ。

お前が選んだこの運命が、一つの時代を作るであろう。』


俺は空を見上げる。

燃え尽きた帝都の空に、白い光がゆっくりと流れていく。

それは新しい朝の兆しだった。


――人の王国は崩れた。

だがここから始まるのは、竜と人が共に築く新しい世。


火の跡に芽吹く希望の光を見て、俺は静かに翼を広げた。


「これが、俺の……決断だ。」


そして、新しき王国の夜明けがゆっくりと訪れた。

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