第12話 貴族の陰謀、再び動き出す

王都グランディア。

金と権力の渦巻くこの街は、今日も飾り立てられたような静けさの中で腐敗の匂いを放っていた。

だが、その中心――王城の奥深くでは、その静けさの裏に別のものが蠢いていた。


「報告いたします。辺境アルディナ領の件です。」


ひざまずいたのは、王国宰相ベニアス。

冷えきった声を持つ老政治家で、表面上は忠義の臣として知られているが、実際は貴族派閥の黒幕と呼ばれる男だ。

王の前で、彼は恭しく頭を垂れた。


「追放されたはずのグランディア公爵家の次男、アレン殿が、竜と契約したとの報告がございます。」


「……竜、だと?」


王の声が低く響く。

天井の巨大なステンドグラスが光を反射し、王の顔を半分だけ照らしていた。

皺の寄った額と揺れる瞳に、明確な動揺が走る。


「まさか、本当に生きていたのか…! 死刑相当の追放を下したはずだ。」


「残念ながら、殿下の判断をかいくぐり、あの男は辺境の地で勢力を築いております。

その地には、現在“ベルナス村”を中心とした交易が始まり、各地の旅商人が群れをなしています。」


「商人どもが……貴族の許可なしに交易だと? 王国の経済を舐めておるのか。」


「それを導いたのが、アレン殿でございます。

どうやら彼は、貴族社会からの追放を利用して、“支配を受けない社会”を構築している模様。」


沈黙。

王は唇を噛み、冷たい目でベニアスを見下ろした。


「ならば放っておくわけにはいかぬな……。反逆者として粛清しろ。」


「陛下、その前に一点だけ。報告によれば、アレン殿の背後には“神竜”の存在があるとのこと。

王国軍を動かす場合、慎重に対処せねば、返り討ちにあう恐れもございます。」


「まさか……竜が人に従うものか。」


「しかし事実、森の瘴気が浄化され、枯れた地が再び肥沃になったとの記録がございます。

王都の学術院も確認を求めておりますが、あれはただの人間の力ではありません。」


「ふむ……。つまり、あの愚か者は辺境で“英雄”として持て囃されているわけか。」


ベニアスが静かに頷いた。

その唇の端が、ほんのわずかに歪む。

狡猾な男特有の勝算の笑みだった。


「陛下、ひとつ妙案がございます。」


「妙案?」


「はい。アレン殿を討つのではなく、“招き入れる”のはいかがでしょう。

その力を王国のために使わせれば、竜の加護を国のものにできる。

……もちろん、拒絶すれば、その時こそ討伐の名分が立ちます。」


王が小さく息を吐く。

目を閉じたまま、玉座の肘掛けを指で叩く音だけが響いた。


「……それもよい。どうせ民どもは英雄譚が好きだ。

我らが“寛大な王”を演じることで、民の支持も得られる。」


「では、すぐに使者を手配致します。……誰が最適ですかな。」


「ふむ。あの愚かな王女でいい。セレスティア。

一度はアレンと婚約していた間柄だ。奴をおびき寄せるには十分だ。」


「……陛下、殿下にあの男への怨みがあることは重々承知しておりますが。」


「かまわぬ。むしろ好都合だ。

裏で“誤って”挑発でもさせれば、どちらが罪を犯そうと我らの勝ちだ。」


ベニアスが頭を下げ、王の前を去る。

しかし、その目に宿る光は、王への忠誠の色ではなかった。


――利用できるものは、王でも竜でも使う。

それが老宰相ベニアスの信条であり、彼の真価だった。


***


一方そのころ、アルディナ領では。


村の広場に、今日も人々が集まっていた。

辺境の地に商人が増えたことで、物資と人の流れが一気に活発化している。

交易路が整備され、木材の加工場や革細工屋が並び、かつて静かな森だったこの地が、まるでひとつの町のように成長していた。


俺は高台からその様子を眺めていた。

今は穏やかだが、どこか胸の奥に不穏なざわめきを感じる。

アルディネアが、空から降り立ち、俺の隣に翼をたたんで立った。


『異様な風の流れを感じる。人の思念が北より届いている。』


「北……王都方向か。」


『うむ。権力の臭いだ。遠く離れた地でも、悪意というものは風に乗る。』


「そろそろ動く頃合いかもな……。向こうからすれば、俺は“処分しそこねた異端者”だ。」


『怖れぬのか。権力とは竜などより遥かに厄介だぞ。』


「怖くないと言えば嘘だ。けど、逃げる気もない。」


アルディネアの瞳がかすかに和らいだ。

『ならば我も力を貸そう。……だが、力だけでは足りぬ。敵は策を持って動く。』


「分かってる。だから、迎え撃ちの準備を進める。」


俺は村の方へ視線を戻しながら言った。

「商人ギルドのセイルも来週には再訪する。交易の流れを使えば、情報も防衛線も整えられる。」


『ふむ。人の策と竜の力、二つを交ぜて敵を迎えるか。まさに新しき国のやり方だ。』


「理想ってやつを地に落とさずに実現するのは難しいな。でも、だからこそ面白い。」


アルディネアが低く笑った。

その笑声は風と混ざって、村全体を包みこんだ。


『ならば見せよ、人の子。汝の理想が、どこまで届くかを。』


***


数日後。


広場に銀の鎧をまとった騎士団が姿を見せた。

白馬の群れに先導され、蒼い衣を揺らして立つ一人の女性――セレスティア王女。

黄金の髪が陽光を反射し、まるで氷のような瞳が真っすぐこちらを射抜く。


「久しぶりね、アレン。」


あの時と変わらぬ声音だ。

かつて俺を追放に追い込んだ元婚約者が、今度は“使者”としてやってきた。


「……懐かしい顔だな。まさか、王都が使者としてお前を寄こすとは。」


セレスティアの唇が、意味深に緩む。

「王国はあなたを許すつもりです。竜の力を王のために差し出すなら、貴方の罪は帳消しに。

……そして、私との婚約も“再び”整えられるでしょう。」


その声は甘く、それでいて毒を含んでいた。

まるで蜜で包んだ刃物のようだ。


俺は静かに答えた。

「……悪いが、俺は今、ここで守るものがある。

お前たちの王都には、もう何の未練もない。」


一瞬で、セレスティアの瞳が僅かに揺れた。だがすぐに冷たく光り直す。


「……そう。愚か者は、いつでも自分が正しいと思っているのね。

いいわ、王国は正式に判断を下すでしょう。

この“反逆者”に、正義の炎を。」


馬を返し、彼女の後ろで部下たちが動いた。

王都の紋章が夕陽に焼き付く。

去りゆく姿を見送りながら、俺は静かに息を吐く。


「アルディネア、どう思う?」


『怒りの波動が軽すぎる。彼女は本気ではない。背後に別の意志がある。』


「だろうな。あの女は、自分で火をつけるタイプじゃない。操られてる。」


『つまり、真の敵は王ではなく――その下に潜む蛇か。』


「ベニアス宰相だな。」


俺は空を見上げた。

そこには燃え始める夕日。

次に来るのは、たぶん戦ではなく“策”だ。

だが、それこそ俺の得意分野だ。


「さあ来い、王都。

俺を切り捨てた代償を、思い知らせてやる。」


風が吹く。

森の端で神竜が翼を広げ、まるで答えるように空を轟かせた。

その咆哮は、再び王国を震撼させる嵐の序章だった。

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