雑務王女として国を回していたら追放されたので、通商連邦で本気出します

水素味

追放…? 構いませんが引き継ぎは?


「エルフリーデ、お前は追放処分とする」


「……は?」


思わず、声が漏れた。

アルディア王国第三王女エルフリーデは、それが王女らしくない反応だと分かっていながら、どうしても止められなかった。


ここは王宮、玉座の間。

天井は高く、壁には歴代王の肖像画が並び、床の大理石は磨き上げられている。


それなのに、空気は冷たかった。

まるで、ここにいる全員が、すでに結論を共有しているかのように。


王座に腰掛けているのは国王――エルフリーデの父だ。

だが、その視線に父親らしい温度はない。


隣で、第一王子が一歩前に出た。

視線は、机の上に積まれた書類から一度もこちらに向かない。


「エルフリーデ。お前は王族としての品位を欠き、国民の信頼を得ることができなかった」


「それは――」


「黙れ」


鋭い声が、玉座の間に響いた。


「お前に弁明する許可は与えていない」


エルフリーデは、言葉を飲み込み、視線を落とす。

無意識に、ドレスの裾を握りしめていた。


淡い灰青色のドレスは、装飾を抑えた実用的な仕立てだ。

刺繍も控えめで、宝石はついていない。


王族のものとしては、あまりにも質素。

だが、それは彼女の趣味ではない。


新調する許可も、予算も、「今は忙しいから」の一言で後回しにされ続けただけだ。


「さらに、度重なる権限逸脱により、王国の秩序を乱した」


小さく、息を吸う。


それが、兄と姉――

第一王子と第一王女が放置してきた仕事を、自分が代わりに処理してきたことを指しているのだと、エルフリーデは分かっていた。


書類整理。

地方貴族との調整。

滞った支払いの確認。


誰もやらなかった雑務のすべて。


第一王子は、それらを「雑務」と呼び、

第一王女は「自分の仕事ではない」と言った。


「――よって」


国王が、感情のこもらない声で告げる。


「王籍を剥奪する。本日をもって、アルディア王国より国外追放とする」


玉座の間が、静まり返った。


誰も声を上げない。

止める者も、疑問を口にする者もいなかった。


エルフリーデは、静かに頭を下げる。


「……承知いたしました」


それだけを告げ、一礼をして踵を返す。


背後で、ひそひそと囁く声が聞こえた。


「――雑務王女だし、仕方ないわよね」


聞き慣れた呼び名だった。

だから、振り返らない。


玉座の間を出て、誰もいない廊下を歩く。

窓から差し込む光が、淡いドレスを照らしていた。


王宮は、今日も静かだ。

いつも通り、何事もなかったかのように。


「……引き継ぎは、どうするのかしら?」


ぽつりと零した言葉は、

誰にも拾われることなく、廊下に溶けていった。


その答えを、

王宮の誰も考えていないことを――

エルフリーデだけが、よく知っていた。

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