第三章:秘密のはた織り
老夫婦とつうの、穏やかでやさしい暮らしが始まりました。
囲炉裏を囲んで笑い合う日々は、まるで夢のようで、
老夫婦はつうを迎えたことを、心の底から喜んでいました。
ある日のこと。
雪も少しずつ溶け、風に春の気配が混じり始めた頃。
つうは、奥の部屋に置かれていた年季の入ったはた織り機の前に立ち、
そっと手を添えながら言いました。
「……私、はたを織るのが得意なんです」
つうは、少しだけ恥ずかしそうに笑いました。
「もしよければ、おじいさん──糸を買ってきてくれませんか?」
「ほう! つうは、はたが織れるのかい! それはすごいのぉ!」
おじいさんは目を輝かせながら、うれしそうに頷きました。
「ほんなら、明日の朝いちばんで買うてくるでな!」
「まぁまぁ、おじいさん……はしゃいで転ばないようにねぇ」
おばあさんも微笑みながら、嬉しそうに頬をゆるめました。
つうが自ら、この家でやりたいことを見つけたと、
老夫婦は胸がいっぱいになるほど、嬉しかったのです。
──そして翌日。
おじいさんは張り切って、町まで出かけ、
つやつやとした上等な糸を買ってきました。
つうは、その糸を受け取ると、目を細めて深々と頭を下げました。
「ありがとうございます。今日から、夜に織らせていただきますね」
そう言った後、つうは真剣な顔をして、老夫婦に向き直りました。
「ただ……お願いがあります」
「なんじゃろ?」
「はたを織っている間──絶対に、部屋をのぞかないでください。
どうか、約束してください」
おじいさんとおばあさんは顔を見合わせ、
すこし驚きましたが、すぐに頷きました。
「わかった、わかった。のぞいたりはせん。
つうがそう言うんなら、わしらは信じるよ覗かんよ」
「そうじゃよ、誰にも見られたくない時間もあるもんじゃ。ゆっくり織るとええ」
つうはにっこりと微笑みました。
その日の夕餉の後、つうは
「では今から、はたを織りますね」
と、奥の部屋へと入っていきそっと戸を閉めました。
その夜から──
**カタン、コトン……カタン、コトン……**
と、はた織りの音が響くようになりました。
それは、夜がふけても止むことはなく、
静かな家に小さなリズムを刻み続けていました。
老夫婦は、つうが自分の力で何かを生み出そうとしていることに、
心から喜びを感じていました。
戸の向こうでどんな布が織られているのかは、もちろん気にはなりましたが──
「約束は約束じゃからのぉ」
「そうじゃそうじゃ、楽しみに待つのが一番じゃ」
二人は、そっと耳を澄ませながら、暖かい布団にくるまり、
つうの織る音を子守唄のように感じていたのでした。
つづく~第四章へ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます