アシェンプテル城(未来のお話)

 城主と名乗ったガーゴイルは本物の紳士のように腰を折る。


 そのこなれた仕草に影響され、ハルノも負けじと自己紹介をしようとする……のだったが。


「ああ、それと。お前の自己紹介はいらないぜ」


「うえ!? なんでー!!」


 ハルノの対抗心は、息つく間もなくへし折られるのであった。


「だって俺は、すでにお前のことを知っているんだから」


 全く不思議なことだ。

 しかし城主との会話の節々で、確かに彼はハルノに対する理解を示していたか。


 あたかもハルノのことを知っているかのように。

 そしてハルノのことをずっと近くで見てきたかのように。


 それに城主は言ったか。

 自身が、「聖女ハルノ様に仕えるガーゴイル」であると。


「どこで私のことを知ったの?」


 足取りは「ウバの時計塔」へと向かいつつ、ひとまずハルノは初歩的な質問から始めることにした。


 ハルノにとって、このガーゴイルとの出会いは今回が初めてのはずだ。

 だから城主がハルノのことを知っているというのは、殊更奇妙な印象だったのだけれど。


 しかしハルノの感じている違和感に反し、城主はあっさりと言ってのけた。


「ここは未来の世界なんだよ。

 なんやかんやあって、俺はお前に仕えることになったというわけだ!」


「その「なんやかんや」を説明してほしいのだけれど」


「助けられたってとこだよ」


 城主はどこかつまらなさそうに吐き捨てるのであった。

 まるで彼自身の思い出したくもない過去を、無理やり振り返るように。


「悪夢の中に閉じ込められていた俺を、お前が助けてくれたんだ。

 ……と言っても、お前の目線からすると「未来のお前」だがな!」


 そうだったのか。

 つまり未来のどこかで、ハルノは彼のことを助けることになるということだ。

 にわかに信じ難い話ではあったが、彼の言葉に嘘はないのであろう。


「それじゃあこの場所は……私がもといた場所から何年後の未来なのかな」


「今お前はいくつだ?」


「え?」


「年齢だよ。いくつだ?」


「十一歳だけど……」


「それじゃあここは……」


 そう言って城主は指折り勘定する。

 そしてしばらくの沈黙を経て、城主はいっそう陽気な声で答えた。


「お前のいた場所から七年後の世界ってことになるな!」


 七年……。

 つまりこの世界のハルノは一八歳で、他の人達は……


「それじゃあユラは十一歳ってこと!?」


「お前なあ……」


 なぜ真っ先にユラの名が出てきたというのか。

 それはハルノが彼女に対し、特別な愛情のようなものを感じているからなのだろう。


 小さい頃から面倒を見続けた少女が、十一歳になっているのだ。

 その姿をハルノは実際に見てみたいと思うのであったが……


「早く元の世界に帰らないといけないんだろ?」


「そうだった」


 城主に諭されて、ハルノは本来の目的を思い出した。

 今は未来の世界のことより、もとの世界で「月のオブジェクト」の修繕をしなければならないのだ。


 城主に案内されるがまま、ハルノはアシェンプテル城の階段を下って行く。

 時には長い廊下を突き抜けることもあり、まるで迷宮からの脱出を試みているようだった。


 内装は一貫してゴシック調で薄暗い。

 そして人が生活している気配はあまりなかった。


 それでも室内は蝋燭によって光源が確保されており、床に敷かれた赤い絨毯や壁にかけられた額縁などを見るに、隅々まで手入れが行き渡っている印象だ。


「このお城っていったい何なの?」


 ハルノはふと気になって尋ねてみたのだが、城主の返答は殊更不思議なものであった。


「お前のお城だよ」


「……私の? 未来の私は、このお城に住んでいるの?」


「……そんなところだ」


 ハルノの心境は複雑であった。


 これほどまでに立派な城に住んでいるというのは、とても素敵なことのように思われた。

 まるで物語の中に出て来るプリンセスのようだと思ったからだ。


 だけどそれと同時に、どうして未来のハルノはこんなにも薄暗い城の中で生活をしているのだろうかと。

 そんなことを、不思議に思ったのである。


「アシェンプテル城はお前が夜の茶会になるのと同時に生まれたらしいが……

 詳しい経緯は俺も知らない」


「知らないの? 城主様なのに?」


「ああ」


 城主はわずかに俯き、ハルノの言葉を首肯した。


 果たして未来の自分は何を考えているのだろうか。

 ハルノはふと、そんなことが気がかりになるのであった。


「ともかくハルノは俺を城主に任命した。詳しい経緯は……

 まあ、お前に教える義理はないか」


「何それ」


 もったいぶるような態度の城主に対し、ハルノは頬を膨らませる。

 しかし存外にも城主は、真面目な態度でそう言っているようだった。


「ともかくだ。もうじき出口に到着する」


「やっと出口なんだね……。

 このお城、ちょっと広すぎない?」


のお城だからな!」


 なんてくだらないやり取りを交わしながらも、二人はいっそう大きな広場にたどり着く。

 その豪華絢爛たる装飾から、この広場こそが、アシェンプテル城の玄関であることが容易に察せられる。


「ああ、それともう一つ言っておかないといけないことがあった」


「ん?」


 大きな木製の玄関扉に手をかけ、城主は一度ハルノのことを振り返る。


 その焦らすような視線がどこか意地悪なものに見えて、ハルノはまたしても不機嫌になった。


「早くしてくれない?」


「悪いな。ただ……

 この扉の先で何を見ても……あんまり驚くんじゃねえぞ?」


「?」


 含みのある言い方で、城主はハルノのことを茶化してくる。


 先を急ぎたいハルノは、城主のもったいぶるような態度に思わず溜息をついた。

 そして城主の脇をすり抜け、その大きな玄関扉に手をかける。


「……え?」


 ぎいと年季の入った音を立てつつ、木の扉は開かれる。

 そしてハルノの眼前に移ったのは……の「月の裏舞台」であった。


 星空は変わらずハルノのことを見守ってくれている。

 だけど周囲の木々や草原が、すっかりその緑色を失いつつあるのだ。


 それはハルノの知る「月の裏舞台」とは、いっそう異なる姿であった。


「ようこそ、「月の裏舞台」へ。

 これが七年後の、この世界の情景だよ」


 ハルノはその黄金色に輝く平原を見つめながら、同時に心を奪われてしまうのであった。

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