【14】優良個体製造実験日誌(抜粋)
以下は首都大学医学部産婦人科教授であり、後に国立人口増加研究所所長を務めた、
日誌は知英氏の没後に、その当時の政府による<子ども未来計画>の再検証が実施された際、彼の息子である
***
2028年9月18日(月)
本日衆院議員会館内の議員事務室で、時本由香里代議士と面談した。
予想した通り時本は、私が持ちかけた国家による子供の製造計画に乗り気を示し、具体的な内容を文書で提出するよう求められた。
私の見る限り時本はかなりの野心家で、この計画によって彼女の名声が高まることをほのめかすと、目をぎらつかせるようにして計画の素案に聞き入っていたのだ。
この調子であれば時本を上手く利用して、私が計画する本来の実験を実行することが出来そうだ。
私が計画している実験とは、優良個体同士を掛け合わせて、より優秀な遺伝子を持つ人間を作り上げることだ。
この実験によって、優良個体の製造が人為的に可能であることが証明されれば、人類の未来にとって多大な貢献となることは間違いないだろう。
ただしこの実験の結果が明らかになるのは、早くとも今から30年の時間が必要であると推測される。
現在56歳の私が、その時点で生存しているかどうかは、かなり確率が低いと考えられる。
その結果この壮大な実験の成果が埋もれてしまうことがないよう、この日誌を残すことにしたのだ。
2028年11月7日(火)
本日時本由香里代議士から、私の計画素案に対して総理大臣の内諾が得られたという連絡を受けた。
非常に順調である。
時本は次回の内閣改造で子ども家庭庁長官に任命され、この計画立案の責任者になるようだ。
彼女は非常に思い込みが強く、野心に溢れているため、コントロールしやすい貴重な人材である。
彼女を上手く操作して、私の優良個体製造実験を必ず成功させなければならない。
2029年3月9日(金)
本日時本由香里代議士から、子ども未来計画案の策定に関する専門家会議の招集が決定したことが伝えられた。
私の予想よりも時間を要してしまったが、漸く優良個体製造実験のプロトコル作成に着手出来るのだ。
時本に要求した通り、私が会議の座長に任命されることも内定したらしい。
会議のメンバーについては、私が扱いやすい連中を推薦しておいたので、思い通りの会議体を作ることが出来るだろう。
今回の決定に時間を要したのは、与党内で時本に反感を抱いている議員が多かったことが理由ようだ。
政治家同士の権力争いなのだろうが、全く反吐が出る程下らない。
そのような非生産的な連中によって、私の崇高な実験が邪魔されることなどあってはならないことなのだ。
従って、その様な連中からの妨害を排除するために、計画が立案されるまでの間は、会議の内容については徹底的に機密事項扱いし、外に漏れないよう、時本に進言して了承された。
いよいよ壮大な実験の開始である。
2029年5月15日(火)
本日は記念すべき日だ。
第一回子ども未来計画案検討会議が開催されたのだ。
メンバーはほぼ私の提案が受け入れられたが、二名程予定外の者が混じっている。
時本代議士に確認したところ、総理からの推薦だったということなので、断り切れなかったのだろうと推察する。
その連中からも会議の進行や、計画立案までのマイルストーンについて異論は出なかったので、一応は順調な出だしと呼んでよいだろう。
会議は既に作成済の、私の素案を検討する方向で進めようと思う。
2030年8月7日(木)
本日漸く子ども未来計画案について検討会議の合意が得られ、総理に提出する最終案が決定した。
私の予想よりも半年以上時間が掛かったのは、総理が送り込んできた二人のメンバーからの妨害があったからである。
しかしそれらを何とか封じ込めて、ほぼ私の素案通りの計画にまとまったので、これ以上は望まないで置くこととした。
いずれにせよ私の本当の計画である、優良個体製造実験のプロトコルが出来上がったことは、非常に喜ばしいことである。
2033年4月1日(金)
本日より人口増加促進法が施行され、子ども未来計画が開始される。
そして私の本来の目的である、優良個体製造実験も開始されるのだ。
既に準備は万端に整っていて、後は代理母を招集し、製造実験に入るのを待つばかりである。
ここで私の実験計画について簡単に述べよう。
それは将来、この実験の成果が得られた時に、次のステップに進むための道標とするためである。
我々が作成した子ども未来計画では、提供者たちから今後提供される精子と卵子を無作為に掛け合わせて受精させることになっているが、元より私には、そのような非効率的な手段を取るつもりは毛頭ない。
私の実験では、既に入手済みの精子及び卵子を掛け合わせて受精させるのだ。
そしてその精子と卵子は、これまで長年かけて特別な個体から採取したものである。
その特別な個体とは、知能または運動能力が非常に高い男女で、提供者のIQなどの能力値もデータとして保管されているのだ。
それらの優良個体から採取した精子と卵子を掛け合わせることで、より優良な個体を製造するというのが私の実験の根幹である。
既に私は子ども未来計画を推進するための、国立人口増加研究所所長の任に就いているので、計画外の操作を行うことも容易なのである。
そして代理母として応募して来た中から、既に第一陣として健康な個体13名の選定作業に着手しているのだ。
それらの代理母に受胎させる精子と卵子の組み合わせも出来上がっているので、後は実験を開始するだけである。
実験結果が明確に出るのは今から30年以上先になるだろうが、途中経過を観察するために、27名の実験体は埼玉県にある第二十八未来園に集めることも決定している。
観察結果がもたらされるのが、今から非常に楽しみである。
2034年2月1日(水)
13名の実験体は無事出生し、本日埼玉県にある第二十八未来園に搬入された。
いよいよ実験の開始である。
2037年4月1日(水)
本日実験体13名が幼稚園に入園したという報告を、第二十八未来園から受けた。
第二十八未来園に所属する27名の実験体の生育状況は、すこぶる順調のようである。
しかし懸念が全くない訳ではない。
子ども未来計画に反対する連中が、全国の未来園に対して抗議行動を行っているのだ。
その動きは第二十八未来園にも及んでおり、現状明確な被害は出ていないが、未来児たちの精神的生育に悪影響が及ばないか懸念されるところである。
私にはイデオロギーや宗教などという、非科学的なものを行動原理とする連中のことが全く理解出来ない。
そんな連中に私の貴重な実験体たちが害されることなど、あってはならないのだ。
これは喫緊の課題である。
子ども未来計画の責任者である時本代議士に働きかけて、至急対策を講じなければならない。
2042年2月10日(月)
本日国会で人口増加促進法が廃止されてしまった。
この動きは昨年の衆参同日選で、前の連立与党が惨敗したことから始まっていたので、今更驚きはしない。
当然既に製造された未来児たちは、今後も国によって保護されることが決まっているため、私の実験に大きな影響はないのだが、第二十八未来園に預けられた私の実験体たちへの待遇が悪化されないかということだけが懸念材料だ。
私が所長を務める国立人口増加研究所も廃止されることが決まっているため、今後彼らに対して優遇措置をとることが事実上不可能になってしまった。
ここに来て、このような状況になるとは、遺憾極まりないと言わざるを得ない。
2042年7月9日(水)
衝撃的な事件の情報が飛び込んで来た。
私の大切な実験体たちが殺されたのだ。
第二十八未来園に暴漢が侵入し、18名の未来児たちを殺害したらしい。
何ということを仕出かすのだ。
やがてこの国の未来を動かすような人材を、何故殺すのだ。
幸い27人中9人は生き残ったらしい。
その9人の実験体の未来を、何としても守らなければならない。
***
日毎新聞朝刊社会面記事(2042年7月28日 月曜日)
昨日午後2時頃、東京都中野区江古田の路上で、割鞘知英(わりざやともひで)さん(58歳)が何者かに襲われ、腹部を刃物で刺されて死亡した。
割鞘さんは今年2月に廃止が決定された国立人口増加研究所の所長であり、本年中止された子ども未来計画の推進者の一人だった。
警察では殺人事件として、現場から逃走した犯人の行方を追っている。
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