第二話 交錯する信念




 グラウンドに出ると、一部の部員が守備に着く。


「やる気のある者から打席に立て! 私が投げる。ヒットを打ったら合格、夏のスタメン入りだ」


「そんなら、ウチからやらせてもらうわ」



 宣言したのは真希だった。


 最初からそのつもりだったらしく、手には既にバット。

 言うが早く、打席に入って構える。



 ――刹那。音が響く。


 グラウンド全体に何かの音が、断続的に。

 風の音だと、すぐに誰もが気づいた。


 風は真希に向かって吹く。正確には、真希の持つバットに。



「――行くぞッ!」



 愛子がボールを投げる。

 見事に噛み合ったダブルスピンから放たれる剛球。球速は百四十キロ近くあるだろう。


 それに、真希は対応した。テイクバックし、スイング。


 途端、急激に風が集まり、バットの周りに圧縮され、竜巻を形成する。圧縮された風は光を放ち、眩しい緑光の大渦となる。



 白球を捉える。

 インパクトの瞬間、緑の渦は解き放たれ、まるで木の葉でも飛ばすように白球を舞い上げ吹き飛ばす。


 遥か遠く、外野も超え、簡易フェンスのさらに先でようやく風の勢いは衰え、ボールは自由落下を始めた。



 少女が放ったとは思えない規模の特大アーチ。


 ヒットは論ずるまでもない。真希は試験に合格した。



「どうや――ウチの必殺『風神打法』のキレ味は!」



 これが、超野球少女。


 読んで字の如く、人を超えた力を発揮する野球少女のこと。

 人を超えるとは身体能力も然り。真希がやってみせたように、超能力地味た不気味な力さえ操る。



「次は誰だ! 早く立てッ!」


 愛子の怒声が飛ぶ。


 真希は試験を終えて、手早くキャッチャーの装備を身に付け始めていた。

 準備が整った頃には、誰が促したわけでもなく、自然と一人の部員が打席に立っていた。



 真希のバッティングは当然、人外のものであった。

 しかし、愛子の投球も異常。軽々と百四十キロ近い球速を弾き出す女子など居ない。


 加えてキレも申し分なく、タイミングを合わせるだけでも至難の業。


 これを、平凡な野球少女が打たねばならない。プレッシャーで、打席の少女は身を強ばらせる。



 無慈悲に、愛子は再び投球。


 少女は無理やりにミートしたものの、タイミングが合わせられず。

 打球は一塁側に大きくファール。


 強い打球が――まさかの、グラウンド脇ベンチへと飛んで行く。



 そこには、偶然練習を見学していた少女二人。

 日佳留と、本の少女が座っていた。



「危ない、逃げろ!」



 真希は慌てて、ベンチ側へ大声を叩きつける。


「はわわぁっ!」



 日佳留は慌ててベンチから飛び退き、ボールから逃げる。


 しかし、本の少女は動かない。


 逃げ遅れたのか、ただぼうっと飛んでくる白球を見つめている。

 一直線に、顔面へと飛び込んでくる白球を。



 誰もが当たると思った。少女の怪我は免れない、と。


 だが本の少女は寸でのところで首を傾け、ぎりぎりのタイミングで白球を避ける。



 ベンチ裏側のフェンスにぶつかり、ボールは止まる。


 怪我人は出なかった。

 安堵し、真希が手を上げて声を張り上げる。


「おーい、そこの人! ボール取ってくれんか~!」



 この声に反応し、本の少女は立ち上がる。


 抱えた本をベンチに置き、ボールを拾って。



「投げてくれてええで!」


 という真希の言葉を聞かず。

 真希の方へと駆けていく。


「えっ、ちょっと待って、何なの!?」


 日佳留は本の少女の行動に驚き、慌てる。

 だが追いかけたり、制止したりはなかった。



 本の少女がバッターボックスの近くまで来ると、真希も寄ってくる。

 そして、ボールは直接受け渡される。



「ありがとうな。わざわざ持って来てもらって。投げてくれて良かったんやけど」


 苦笑する真希。


 が、この表情を変える一言が本の少女から発せられる。



「だって、投げると危ないじゃないですか」



「――なんやて?」


 むっ、として思わず眉を吊り上げる真希。


「そんなわけあるか。ウチは野球歴長いんやで?


 アンタみたいなひょろっひょろが投げたボールぐらいで怪我するわけあるかっちゅうねん」



「でも、やっぱり危ないと思います。だって、取れなくて当たると怪我しますから」


「それぐらいで怪我なんかするかアホ……」


 呆れた様子の真希。


 ボールも受け取ったので、言うだけ言い捨て引き返す。

 だが、そこを本の少女が呼び止める。


「待ってください」


 声を荒げる。

 分かりづらくはあるが、明らかに怒っていた。


「今の言葉、訂正して下さい」



「はぁ?」


「怪我なんかするか、って言いましたよね。それです」


「訂正も何も、せえへんもんはせえへんねん! 何が訂正じゃボケ!」



 真希は怒鳴り散らし、本の少女へ掴み掛かる。


 普通なら――ここで身を引くなり、威圧に潰されて怯えるなりの反応をするだろう。


 だが、本の少女は違った。

 ただ、真希をじっと見る。


 睨む、と言った方が良いかもしれない。


 やはりはっきりと読み取れないが、確かに真希を睨んでいた。



「いいですよ。訂正してもらえるなら、喧嘩だってやります」



 言って、本の少女は真希の腕を掴む。


 一つの意思表示。真希の売った喧嘩を買う、という意味。


「……そうか、そらええわ」


 真希は怒ったまま、ぎらつく笑みを浮かべる。



「そんなら、野球で勝負や。危ないっちゅうアホな妄言二度と吐けんよう、ボコボコにしたるわ」


 そして、真希は本の少女を突き飛ばす。


 本の少女は何を考えているのか。

 頷きも、拒否もしない。


 野球で勝負、という真希の提案を、ただじっと受け止めている。

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