女子野球のススメ!

カキノキ

プロローグ

 ――私はあの夏、おじいちゃんに手を引かれながら甲子園球場までやってきた。そこで見た景色を、十数年経った今でも忘れることができない。


 とても暑い日だった。

 蝉の鳴き声はうるさく、じりじりとした日差しが肌を焼く。


 幼い私はとても嫌だった。

 せっかく旅行に来たのに、なぜこんなところに。

 

 渋々と文句を言いながら歩く私の手を、おじいちゃんは「いいから、いいから」と引いていく。汗ばんだ手はがっちりと繋がれていた。


 球場に着くと、しばし列を並び球場入口へ。係員のお兄さんにチケットを見せて入場する。


 入場した後に、私は持ってきた水筒に口を付けてから汗を拭った。建物内の日陰が心地よい。心なしか、気持ちの良い風が吹き抜けていく。

 おじいちゃんは、私の呼吸が整ったのを確認すると、「いこうか」と優しく微笑んだ。私は無言で頷き、再びおじいちゃんの手を握った。 


 そして、観客席へ通じるゲートをくぐりグラウンド側へ出ようとした、まさにそのとき。

 

 ワアッといった歓声が、ビリビリとした音圧を伴い私の身体を押す。

 私は思わずたじろぎ、何事かと球場内をぐるりと見渡した。


 そこには、自分を中心とした人の波があった。 

 様々な人たちが集い、声を上げ、食い入るようにグラウンドを注視している。

 

 なおも音の圧はやまない。

 母校の選手たちを応援する、ブラスバンドの美しく迫力のある演奏。

 そのリズムに乗り、応援に駆けつけた生徒たちが一丸となり声援を送っている。

 

 私は、そのままグラウンドに目を向けた。

 私以外のみんなが、何に視線を奪われているのか、とても気になったからだ。

 

 そこはまさに灼熱だった。

 日光を遮るものは何もなく、美しい緑の芝生と、黒みを帯びた土色のグラウンドに九名の選手たちが立っている。

 彼らの熱気は、日差しにも負けんばかり。互いに声を掛け合い、何かの確認を行っていた。

 

『四番、サード、○○くん。』

 

 場内の放送が一人の打者を呼ぶ。

 グラウンドに立つ選手たちの注目が、アナウンスされた打者に一斉に向けられた。

 そして、この打者が所属する高校の応援団からは大歓声が上がる。


 ただならぬ雰囲気から、私は幼いながらに理解する。

 ここは、勝負が大きく動く場面なのだろう、と。

 

 繋がれた手を、ぎゅっと強く握る。

 おじいちゃんは、おや、と視線を私に向けたが、様子を見るなりおかしそうに笑っていた。後に聞いた話だと、もう嫌がった様子もなく、『野球』に釘付けであったらしい。

 

 これが、私と『野球』の出会い。


 ――とても鮮烈な出会いだった。 

 選手たちの汗と、涙。

 彼らが交わしている言葉。

 そして、夢に向かって邁進する、彼らの一挙手一投足。

 その全てに、言葉に出来ない美しさを感じた。


 なにより、私自身もこの舞台に挑んでみたいと感じた。この感情は、憧れだろうか。

 

 後になり、すべてを知って羨んだ。


 あの甲子園の熱気を。

 私は、今でも夢に見る。

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