勘違い英雄の冒険譚 ~自称優秀な俺、語学留学の飛行機で異世界転移!?~

理瑠

第1話 影の優者、鉄の鳥より来たる。

 雨。

 雷。

 叫び声。


 ――誰かが、立っている。血を流しながら。


 『お兄ちゃんに、任せな』


 ――え?


 ――その人は、笑っている。  痛いはずなのに。苦しいはずなのに。


 『お前は、何も悪くない』


 ――違う。僕のせいだ。僕が、


 『だから、生きろ』


 ――温かい手が、頭を撫でる。  でも、濡れている。赤い。


 「死なないで」


 ――声が、震える。


 「お兄ちゃん、死なないで」


 ――その人が、崩れる。僕の腕の中で。


 「お兄ちゃん……?」


 「お兄ちゃん!」


 「お兄ちゃああああああん!!」


 ――全ては、あの日、飛行機の中から始まった。



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 「窓の外に広がる青と白の無限の絨毯、つまり雲海を眺めながら、俺は次の冒険の舞台を想像していた。この世界は邪悪な魔王が蔓延る暗黒大陸。その中心には、禍々しいオーラを放つ魔王城がそびえ立ち、周囲の民は絶望に沈んでいる。そして俺は、その魔王を討ち滅ぼすべく、遠い星から召喚された唯一無二の救世主……『光の勇者・ユウ』だ。いや、待て。今回はもうちょっとひねりを効かせよう。『影の勇者・ユウ』とかどうだ? 圧倒的な知識と隠密行動で魔王軍を内部から崩壊させる、みたいな。そっちの方が俺のインテリジェンスに合ってるだろ。」

 

 そんな脳内会議に没頭していると、現実のノイズが耳元に割り込んできた。

 

「おーい、優!何ぶつぶつ独り言言ってんだ〜?またお得意の妄想か?もう大学生なんだから程々にしとけよー。」

 

 呆れたような、しかしどこか甘えたような声。


 高校からの付き合いとなる田中の声だ。正直、こいつがいなければ今、俺がこの豪華な鉄の鳥(通称:飛行機)に乗って、つまらない「語学留学」などという凡庸なイベントに向かっているはずもなかった。

 

 半年ほど前、田中が、「親父が大学生のうちに留学をしておくべきってうるさいんだけどさー。俺外国語なんて全くわかんねえから優付いてきてくんね?優外国語ペラペラじゃん!」と、まるで世界の命運がかかっているかのように必死な顔で懇願してきた。もちろん、俺にとって数カ国語を操るのは、朝飯前の呼吸と同じくらい当たり前のことだ。わざわざ留学する必要性を感じていなかったが、まあ、田中の頼みとあらば、俺という光の存在が陰ながら支えてやるのも悪くないと、快く(内心では少々渋々だが)引き受けたのだ。

 

 「あっちの学校で友達できるかな〜」なんて、まるで心配事なんて皆無であるかのように暢気に抜かしている田中を横目に、俺は再び窓の外の雲を眺めた。雲の層が、まるで世界を隔てる境界線のように見えた。

「――その時だ。突如、鼓膜が破れるような轟音が、俺の脳内を駆け巡った。いや、脳内などという生易しいものではない。まさにこの現実世界、俺が座る飛行機という名の豪華な鉄の鳥を、異世界の理が侵食し始めた音だ。機体は激しく揺れ、さながら巨大な魔物が暴れるようにきしむ。座席のシートベルトが体を締め付け、まるで強大な重力が俺を異世界へと引きずり込もうとしているかのような錯覚に陥る。」

 周りの凡人達――客室乗務員も、他の乗客も、そして隣の田中でさえも――は、パニックに陥り、意味不明な悲鳴を上げているようだったが、この俺は冷静だった。いや、視界の端に、フードを深く被った謎の人物が、この状況でも冷静さを保っているのが見えたが。まあそんなのどうでもいい。俺はむしろ胸が高鳴っていた。これは予兆。俺の物語が、いよいよ本筋に入るための、必然の幕開けに過ぎないのだから。

「おい優!水上不時着するってよ!死にたくないよ俺!」

 そんな凡人の戯言を田中は叫んでいるが、俺は無視して立ち上がった。シートベルト警告灯は点滅しているが、そんなもの関係ない。この俺が、この程度の事態で命を落とすはずがないのだから。

「ワハハハハ!」

 俺は高らかに笑い、天に拳を突き上げた。その瞬間、いきなり自分の見ている景色がぼやけ初め、強烈な光と共に俺の存在を吸い込んでいった。その光は、どこか懐かしいような、それでいて心の底から恐怖を感じるような、奇妙な感覚を伴っていた……。

 

 どれくらい気を失っていたのだろう。

 

 意識が浮上し、重い瞼を開けると、まず感じたのは鼻腔をくすぐる潮の香り。そして、耳に届く穏やかな波の音だった。身体を起こすと、陽光が降り注ぐ白砂の岸辺に倒れていたことに気づく。


 そして、その光景に、俺は思わず息を呑んだ。目の前に広がるのは、紛れもない『異世界』だった。


 まず視界に飛び込んできたのは、剣を手にこちらを心配そうに見つめる、まるで精霊か何かのような、透き通るような肌の美しい女性。彼女の着ている衣服は、俺の知るどんな布とも違う、不思議な光沢を放つ素材で作られているように見えた。そして、そこには複雑で美しい刺繍が施されていて、一目でこの世界の文化レベルの高さが伺えるというものだ。ふむ、なかなかどうして、俺を迎えるにふさわしい、洗練された世界ではないか。

 そして、彼女の背後に目をやると、そこには俺の冒険心をこれでもかと刺激する、まさに『これぞ異世界!』と叫びたくなるような光景が広がっていた。石でできているようだが、どこか生き物のように滑らかな曲線を描く家々が立ち並び、その屋根という屋根は、太陽の光を浴びてキラキラと七色に輝く、見たこともない鉱石で葺かれているのだろうか?あれはもしや、伝説のオリハルコンか!?遠くには、天を突くかのような巨木が何本もそびえ立ち、その枝の間を、地球上ではお目にかかれないような極彩色の奇妙な鳥が、優雅に、あるいは挑戦的に舞っていた。間違いない、ここは俺が永らく夢に見ていた、剣と魔法と冒険の世界だ!

 そう俺は確信した。

 

 「ワハハハハ! まったく、神々も粋なことをしてくれる! まさか、本当にこの俺を異世界転生させるとはな!」

 口元が勝手に弧を描く。

 まさか、あの飛行機事故が、こんなにも劇的な形で、俺の新たな物語の幕開けになるとは。

 身体には一点の傷もない。これも、俺がこの世界に呼ばれるべくして呼ばれた、選ばれし存在である証拠だろう。

 さあ、光の勇者、いや、影の勇者・ユウの、新たな伝説がここから始まるのだ!

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