推しVライバーと“新妻”ごっこ ~酔いどれ銀髪美女のASMR配信~

こばやJ

第1話 晩酌の幕開け――推しVライバーの夜に集う

 22時ちょうど。

 スマホがぶるっと震えて、見慣れた通知が飛んでくる。


『晩酌開始!』


 画面を開けば、銀髪ロングの女が缶チューハイ片手に笑っていた。

 名前は酒呑しゅてんレン。

 酒好き・タバコ好き・雑談好き。

 それだけで何千人も集めてしまう、俺の推しVライバーだ。


「今日も配信がんばっていくぞー! けぴ!!」


 カシュッ。

 缶が開く音が、イヤホン越しに耳を打つ。


 ごく、ごく、ごく……。


 喉を通る音が、妙にリアルに聞こえてくる。

 ただの缶チューハイのはずなのに、喉の奥がうずいて仕方ない。


『けぴ!』

『kp!』

『運転中だからエアで!』


 コメント欄はいつものように騒がしい。

 酒を飲んで、タバコを吸って、雑談をする。

 それだけなのに、気づけば日付が変わっていることも多い。


 レンが配信しているサイトには、DからSまでランクがある。

 今のレンは最上位のS。

 ここから落ちると出られなくなるイベントも多い。

 だから、子分リスナーたちは、何気にランクを気にしている。


 ──そう、「レン本人以外」は。


「いやぁ~、今日配信開く前にさぁ。

 今月ちゃんと企画やんないと、ランク落ちるよって言われちゃってさ~」


『笑えない』

『普通にピンチじゃん』

『一旦酒置こうか』


「で、今考えたんだけどさ」


 ごくごくごく。

 ……いや、飲むの止める気ゼロか。


「やる気はある。やる気はあるんだけど~」


 缶がテーブルに置かれる、乾いた音。


「──企画が、ない!」


『知ってた』

『そうだろうなとは思ってた』

『子分を頼るな』


「あれ~? でもほら、私さ、枠開いたらみんな来てくれるじゃん? つまり、みんな私のこと好きじゃん?」


『理論がガバガバ』

『好きだけど甘えるな』

『だからってサボっていい理由にはならん』


 ヘラヘラ笑いながらも、声色はいつもと少し違う。

 どこか試すように、こっちの反応をうかがっている感じだ。


「で、マジで企画ないから、なんかない? 今このままだと、ほんとにランク落ちる」


 その瞬間、コメントの空気が少しだけ張り詰めた。

 冗談じゃなく、本当に困ってる声だったから。


『需要あるか分からんけど、ASMRとかどう?』


 ぽつりと流れたコメントに、レンが食いつく。


「ほぉん? 一旦詳しく言ってみ?」


 ASMR。

 耳元で囁いたり、生活音で“ぞわっ”とか“ほわっ”とかさせるアレだ。

 レンのいつもの雑談配信とは真反対。


『普段言わないこと言わせたいだけ。新婚っぽいのとか』


「ふむ。たとえば?」


 レンが一瞬だけ息を吸う音。

 喉の調子を整えて──声が少し澄む。


「今日もおつかれさま。今夜は冷酒にする? 梅酒にする? それとも……カールア?」


『全部酒じゃねぇか』

『せめてお茶入れろ』

『スピリタスじゃないだけ優しい』


「あはは、酷い言われよう~」


 ケラケラ笑いながらも、どこか嬉しそうだ。

 即興で“新妻セリフ”をやってみせて、ちゃんとウケた。

 それが、ちょっと誇らしそうで。


『新妻エプロン想像したらイケる』

『今の路線でASMRアリだと思う』


「ほぉ……つまりASMRはアリ。新妻エプロンはしないけど」


 少し照れたような声。

 この人、乗り気だ。


「よしっ。んじゃ今日はASMR配信とやら、やってみようかな。枠つけ直すから、一旦閉じるね。期待して待ってて?」


『マジでやるのか』

『きたきたきた』

『秘蔵の酒開けるわ』


 そんなコメントに見送られながら、レンの晩酌枠は一度幕を閉じた。

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