前世の記憶を持ったまま転生してしまったので、申し訳ないですが僭越ながら幼稚園で無双させていただきます

@narrow_marrow

第1話

 私、岡田智次朗は67歳というエルフもびっくりの若さでこの世を去った。死因は「酒池蠆盆の刑」を自分で再現しようとして酒に溺れたことだ。尤も、私はとっくの昔に酒に溺れていたため骨の髄まで心酔(浸水)することはむしろ本望だったが。あ。でも、折角なら雄山錦じゃなくて若波の方が良かったかもな。ふと上を見ると、これもまた酒が進みそうな朧月が、水面でどこか寂しく揺らめき白銀色の淡い光で私を刺してくる。私は家の近くにある苉摕山(「ピテやま」と読み、その昔泥炭がこの山から獲れその泥炭を蒸留すると苉(ピセン)という物質が取れたことから苉を摕(テイ)する(かすめ取る)という意味になったそうな)の頂上にある少し開けた場所でこの刑を実行した。この場所は私のお気に入りの場所で、子供の頃から大きくなったらここで死ぬんだ! と決めていた場所である。この場所で死ぬ為に酒と我が身を入れる酒樽を用意し、深い穴を掘り蠍とハブを詰め込み、「酒池蠆盆の刑」で勝者になるべく用意した相手役の中古で2500円もしたオランウータンの抱き枕(低反発ウレタン100%)を木に括り付け、この日勝者になるために私は日々過酷な晩酌を欠かさずこなし、酒に吞まれないよう耐性をつけてきた。決して私が飲みたいから毎日晩酌をしたとかいうわけではないのは書くまでもない。なお相手が抱き枕(オランウータン)である理由は、この私は生涯を通して人間という人間と触れ合ったことがなく、友達もいなかったため最期を看取ってくれる人はいなかったからだ。そのためこの日用意した板に黒曜石で書いた遺書も、特に誰に向けて書いたわけでもなく、ただ漠然とした内容である。そう、まるでこの漠然とした苉摕山の頂上のように。木に括り付けた抱き枕(オランウータン)との決闘は3勝2敗の他の追随すら許さぬ圧勝だった。途中オランウータンのカウンターパンチ(低反発ウレタン100%)が命中するなど苦戦を強いられる場面もあったがどうやら圧勝したらしい。オランウータンだけでなく、風や草、木に至るまでが敵となり、牙を剝いてきた。まるで私にここで死ぬなと謂わんばかりに。風は私の肌をまるで鎌鼬のように掠め刈り、草は私の手足を絡め取り、木は葉を投擲し私を周章させる。しかしそれでも私は打ち克ち、勝者の称号を手に入れた。私の一生の中における、最初で最後の勝利である。そして私は嬉々として雄山錦をなみなみと注いだ酒樽に身を投げ、“敗者”であるオランウータン(低反発ウレタン100%)は抵抗むなしく蠍とハブ入りの穴に放り込まれた。そして酒樽の中で月光に刺され、今に至る。思えば私のことを誰一人愛してくれた人はいなかった。皆が私のことを嫌い、嫉み、讒言を蔓延らせ、目があえば拳を振り、近づけば蹴りを入れた。酒樽に身を投げるその時まで、心のどこかで止めてくれる人間が現れることを期待したが、愈よ現れなかった。そればかりか草木に至るまでが私の邪魔をする。誰にも気づかれず、誰にも悲しまれないまま死ぬのだ。後悔などない。ただ、少しだけ、少しだけ寂しかった。私は唾棄して欲しいのではなく、抱きしめて欲しかったのだ。私が嫌われる理由がさっきの一言に詰まっていた気がするがまあいいことにしよう。たった一粒の涙は樽いっぱいの雄山錦に混ざり忽ち消えてしまった。それから私は飲みすぎてすっかり酔ってしまったため、ひと眠りすることにした。まるで”酔”生夢死だったな...

 ふと目が醒めると、見覚えのない場所にいた。どこを見渡しても一面銀世界で、空を見上げると暖かい光が水面のように波打ち、私を照らしていた。まるで海の底から快晴の空を見上げているみたいだ。そこらを歩き回ってみたが音は気味が悪いくらいに響かず、近くに建物すらないことを私に感じさせた。飲みすぎて路頭にでも迷ったのだろうか? それとも飲みすぎて終点まで来てしまったか?

「人生としての終着駅ですよ」

ふと、知らない声が上から降ってきた。まずい。酔い過ぎた。これは重症だ。すぐにでもタクシーを捕まえて帰って寝なければ明日は二日酔いに苛まれる。肝臓が過労死してしまう。

「お目覚めのようですね、永眠から」

上から降ってきている声は自身を女神と称していた。言わせてもらうと、低音でドスが効いていてとても女神と言い張るには厳しい声をしていたが、そもそも私はこの声のことを酒の飲みすぎが引き起こした幻聴だとまだ信じている為あまり気にしないことにした。

「あなたの生き様があまりにも滑稽...失礼、惨憺たるものだったので私はチャンスをあなたに与えることにしました。あなたを別の世界に転生させます。魔法が使えて、ステータスという概念のある世界です。」

本当にこの声が女神だと信じたのはこの直後である。私の胸あたりに一瞬光が差し込んだと思うと、忽ち酔いは覚め、次第に意識も戻った。女神曰く強めの酔い覚ましらしい。

「前世のあなたはあらゆる面で絶望的に救いようがありませんでした。しかし、来世ではあなたはステータスの強化により全ての可能性をその手で掴み取ることができるようになります。」

散々な言われようだったが、一応私は、来世は畜生ではなく人間に転生できるようだ。だって「手」って言ってたし。これで「手」ではなく「前肢」という言い方だったら私の来世は畜生であることが濃厚だったが。

「それでは、せめて来世ではもっとマシな生き方をしてください。さようなら」

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