ニセ探偵は、夢の中にいる
碧居満月
第1話 私立探偵、荒巻雄馬
季節は秋。ほんのり暖かい陽光が降り注ぐ最中、枝を大きく伸ばし、美しく紅葉する桜の木の下に、喫茶グレーテルはあった。
昭和のレトロな雰囲気漂う喫茶店内には、二人の青年がカウンター席に着いている。喫茶店のロゴが入った赤いエプロン、アイボリーのワイシャツと黒パンツの制服を、大人らしくもかっこよく着こなす彼ら以外、利用客はいない。表のガラス戸には『営業中』のプレートがかかっている。日曜の昼下がり、さっきまで忙しかった喫茶店は今、暇な時間を迎えていた。
「ちょっと、タバコ吸ってくる」
カウンター席に座り、
喫茶店のマスター、
不意に感じたそれに反応を示した悠斗は険しい顔つきになると、備え付けの灰皿でタバコの火をもみ消し、喫煙スペースから出た、その直後である。
「……っ!」
急に目の前が
「瞬時に、我が気配を感じ取ったまでは良かった。だが、その後のことまでは、さすがのお前でも気づけなかったようだな」
いきなり倒れ込んだ悠斗の面前に、一人の大男が姿を現す。現世に隠れ住む、大魔王シャルマンだ。
漆黒のマントを身に纏い、不老不死であるが故、容姿端麗な人間の姿を保っている。深緑の長髪を緩く結び、ほくそ笑むシャルマンの、切れ長の赤い目が、平然と人を殺害しかねないほど冷淡な光を放っていた。
***
喫茶店員でもある理人と悠斗がバディを組む万屋、
昭和のレトロな雰囲気漂う喫茶グレーテルからおよそ、五十メートル先に二階建ての、古びた洋館がある。
悠斗が知る限り、数十年もの間、人の出入りはない。半世紀以上前に建てられたであろうそこは空き家になっていた。
そして今、空き家となっていた洋館に二十歳くらいの青年が住みついている。名を、
つやのある、銀白色の髪に琥珀色の目をした、容姿端麗の荒巻には、とある秘密があった。それは、荒巻本人が『綾瀬悠斗』であること。
正確には、綾瀬悠斗が、荒巻雄馬に変身をしているのだ。
今から数ヶ月前。人間界と呼ばれる、この広い世界に隠れ住む強敵、大魔王シャルマンが、突如として悠斗の面前に姿を現した。
表向きは万屋だが、
そして、勤務している喫茶店から外に出て、
そのとき、悠斗は死んだと思った。店の外でした物音を聞きつけ、駆けつけた理人や藤峰燈志郎さんでさえ、悠斗はシャルマンの攻撃に斃れたと、そう思い込んでいた。
しかし実際は、生きていた。悠斗が肌身離さず持ち歩いていた『お守り』の効能が遺憾なく発揮されたから。
シャルマンからの攻撃を食らった後、アスファルトの地面に倒れ込んだので多少の怪我はしたものの、悠斗は奇跡的に一命を取り留めた。
以降、悠斗は得意とする変身術で以て、架空の人物である私立探偵、荒巻雄馬に変身し、正体を隠す。
むろん、悠斗が架空の人物になりすましていることを、シャルマンは知らない。自身の、強力な
今のところ、荒巻の正体を知っているのは、悠斗と同じく、地球上のどこかに存在する魔法界からこの世界に移り住んできた魔法使い、藤峰燈志郎氏と理人、そしてこの世界の住民である美里の三人だけ。その他には、生命を脅かすほど危険な状態になるため正体を明かしていない。荒巻の正体は、彼に変身する悠斗本人を含む、四人だけの秘密なのである。
***
それは突然の出来事だった。かつて、居候先だった藤峰燈志郎氏の自宅前で、荒巻が大魔王シャルマンと遭遇。そして……
突如として行方不明になった荒巻を、理人と一緒に捜している最中、突如として鳴り響いたスマホに顔を曇らせた
「今、どこにいるんですか? いきなりいなくなって、みんながどれだけ心配していると……悠斗さん?」
「……逃げろ。美里」
さし迫る口調で危険を知らせる荒巻に、何かを察知した美里が冷静に問いかける。
「何が……あったんですか?」
誰にも気づかれない場所でたった一人、危険と向き合う荒巻が、深刻な表情をして電話口から美里に事情を説明。
「バレちまったんだよ……俺の正体が、大魔王……シャルマンにな」
荒巻の口から『シャルマン』の名を耳にした瞬間、美里は目を丸くした。荒巻の話は続く。
「燈志郎さんの家の前で待ち伏せていたシャルマンと遭遇して……理人が、人質に取られちまった。これから、理人を助け出しに行く」
「無茶よ! 一人でなんて……危険すぎるわ!」
「大丈夫だよ。俺には、強い味方がついているから。だから美里……お前は燈志郎さんにこのことを伝えて、なんとか生き延びろ。絶対に、死ぬんじゃねーぞ!」
荒巻は美里に力強いメッセージを託すと、電話を切った。
「ここにいたか」
聞き覚えのあるその声に、荒巻はゆっくり振り向くと、対峙する相手を睨め付ける。
黒い帽子を被り、帽子と同じ色のトレンチコートを着た男がそこに佇んでいた。大魔王シャルマンが最も信頼を寄せる、強力な幹部のうちの一人、
「大魔王、シャルマン様からの命令だ。悪く思うなよ」
東雲はそう、冷酷に告げると槍を構え、荒巻めがけて突進。東雲の槍が、荒巻の胸を貫いた。
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