2.ズルート茶の調合

「これがロザン旦那様が言っていたお茶でございますよ」


 屋敷に戻るなり、私は約束通りの茶葉を求めてメイド長のレジーナのもとへ向かった。差し出された茶葉から、レジーナが手際よくお茶を淹れてくれる。


「これがロザンお父様とファルスお兄様が飲んでいるお茶かぁ……」


 立ち上る香りに、思わず顔をしかめた。いい匂い、とは言いがたい。薬草のような、少し鼻につく独特の匂いだ。


「なんだか、匂いからして渋そうだね」

「効果のあるお茶は、どうしてもクセが強くなりがちでございます。渋みが出たり、飲みにくくなったり……」


 そう言われて、恐る恐る一口。案の定、舌に残る強い渋み。思わず顔が歪む。


「……美味しくは、ないね」

「ええ。ですが、お二人は毎日これを飲まれております」


 私はカップを見つめながら、ぽつりと呟いた。


「美味しくないのに……これを飲みながら仕事をしてるんだ」

「ロザン旦那様も、ファルス様も……お体に不調を抱えながら、それでも領地のために尽くしておられますから」


 レジーナの言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。


 ロザンお父様は、かつての戦で左腕と左足を失った。ファルスお兄様は、生まれつき肺が弱く、無理がきかない体だ。


 それでも二人は支え合い、領地を守り続けている。辺境で、決して豊かとは言えないこの土地を――それでも、なんとか回してきた。


 ……その負担を、私の錬金術で少しでも軽く出来るなら。その思いが膨らんでいた。


 とにかく、効果のある茶葉を錬金術でどうにか出来ないか? まずは物を知るところから始めよう。


 じゃあ、早速鑑定だ!


【ズルートのお茶】


・ズルートの茶葉から抽出された疲労回復効果を持つ飲料


・疲労回復の有効成分が十分に抽出されていない


・煮出し過ぎにより、不要な成分が混入している


・品質:72/100


 鑑定結果を見て、思わず目を瞬いた。


 回復効果はある。だけど、それは本来の力じゃない。有効な成分は取り切れておらず、代わりに余計なものまで溶け出している。


 しかも、品質は七十二。


 お茶を淹れることに関しては、レジーナ以上の人はいないはずだ。それでも満点には届かない。ということは、これは腕の問題じゃない。


「普通に淹れるだけじゃ、限界があるってことだよね……」


 成分そのものを、ちゃんと取り出せていない。だったら――。


「……錬金術の出番、じゃない?」


 ゲームでの錬金術は、素材の中に眠っている成分を引き出し、不要なものを取り除く力を持っていた。もし、この世界の錬金術も同じ性質を持っているなら――。


 これは、かなり使える。胸の奥が、じわっと熱くなる。


「よし。やってみよう」


 私はお茶をそっと置き、部屋へと足を向けた。初めての錬金術、その実験が始まる。


 ◇


「早速錬金術を見てみよう」


 部屋に戻ると、私はまずステータス画面を開いた。魔法の欄。その中に、確かに【錬金術】がある。


 意識して選択すると、視界にずらりと魔法名が並んだ。


「……多っ!」


 思わず声が漏れる。どうやら錬金術というのは、一つの魔法ではなく、細かく分かれた魔法の集合体らしい。


「洗浄、切断、粉砕、温度上昇、温度減少、水召喚……」


 一つひとつ目を走らせていく。


「――あった! 成分抽出!」


 思わず指を止めた。そう、今まさに欲しかったのはこの魔法だ。


「これを使えば、茶葉の中にある成分だけを取り出せるはず……!」


 さらに視線を動かす。


「水召喚もあるんだ。丁度いいな……あ、これは?」


 【道具召喚】という見慣れない魔法が目に入った。


「……名前そのまま? 容器を召喚するってこと?」


 気になって説明欄を開く。


【道具召喚】


・アイテムを作成するための道具や容器を召喚する


・色、形、大きさ、素材を自由に指定可能


・使用後、自然に消滅する


「神!」


 思わず口に出た。作るための道具や作った物を入れる器、保存方法、後片付け。錬金術を使う上で悩みそうな問題が、全部まとめて解決している。


「どんなに良い物を作っても、使った後は消える……最高じゃん」


 これなら、後のことを考えずに実験ができる。私は深く息を吸い、気持ちを切り替えた。


「よし。まずは、実験だね」


 最初に【容器召喚】を発動する。脳裏に浮かべたのは、ガラス製のビーカー。次の瞬間、目の前に想像通りのビーカーが現れた。


「うん、完璧」


 続けて【水召喚】。透明な水が流れ込み、ビーカーはあっという間に満たされる。そこへ、適量の茶葉を入れた。


 ――ここからが、本番だ。


 【道具召喚】で混ぜ棒を出し、水をゆっくりとかき混ぜる。そして、【成分抽出】の魔法を発動させた。


 すると、茶葉からじわりと色がにじみ出し、水が少しずつ染まっていく。


「おっ、いい感じじゃない?」


 見た目は、ちゃんとお茶になりつつある。私はそのまま成分抽出を続けながら、鑑定スキルで様子を確かめた。


【品質:34】


【品質:39】


【品質:43】


「おお、上がってる!」


 手応えを感じる。


【品質:51】


【品質:52】


「よし、この調子で――」


【品質:41】


「……え?」


 一瞬、目を疑った。


【品質:38】


「ちょ、ちょっと待って! 下がってる!?」


 慌てて魔法の発動を止め、もう一度しっかり鑑定する。


【失敗したズルートのお茶】


・正しく成分抽出が行われなかった


・疲労回復成分はごく微量


・苦味と渋みが過剰に抽出されている


・品質:38/100


「……うわぁ」


 思わず頭を抱えて肩を落とす。


「ちゃんと成分抽出してるのに、失敗……? なんで?」


 鑑定結果を見ながら、頭をフル回転させる。


 【正しく成分抽出が行われなかった】


 この一文が引っかかった。


 私は錬金術を使って失敗した。でも、レジーナが淹れたお茶は成功していた。この差は何だ?


 レジーナがやって、私がやっていないこと――。


「……あ」


 はっと気づく。


「温度だ」


 そうだ。お茶を淹れる時、レジーナは水じゃなく、お湯を使っていた。


「ズルートの茶葉は、温度がないと成分がちゃんと出ないんだ……」


 つまり――。


「お湯を用意して、成分抽出をすればいいってことだよね」


 失敗はした。でも、ちゃんと理由が分かった。


「次は、いける」


 私はそう確信し、次の実験に向けて魔法一覧を開いた。


「お湯にするには……【温度上昇】だよね。よし、今度こそ」


 新しいビーカーを用意し、その中に水を注ぐ。【温度上昇】の魔法を発動すると、徐々に水温が上がり、やがて湯気が立ち上った。


「いい感じ……じゃあ」


 適量の茶葉を投入し、混ぜ棒を入れる。ゆっくりとかき混ぜながら、今度は慎重に【成分抽出】を発動させた。


 最初は変化がない。けれど――。


 ふわりと、湯の色が深くなり始めた。


「来た……!」


 このタイミングで鑑定する。


【品質:51】


【品質:56】


【品質:59】


「やっぱり! さっきより明らかにいい!」


 手応えを感じながら、魔法を維持する。


【品質:64】


【品質:75】


【品質:83】


「うわ、伸びすぎじゃない?」


 思わず笑みがこぼれる。


【品質:87】


【品質:91】


【品質:92】


「……上がり方が鈍くなってきた」


 ここだ。


「欲張ると失敗する。よし、この辺で止めよう」


 私は即座に【成分抽出】を解除した。【道具召喚】で茶こしと新しいビーカーを用意し、丁寧にお茶を濾す。


 そして、最後にもう一度鑑定。


【ズルートのお茶】


・正しく成分抽出がされたお茶


・疲労回復成分を十分に含有


・香ばしい香りと、すっきりとした飲み口


・品質:93/100


「……っ」


 一瞬、言葉が出なかった。


「説明文、全然違う……品質も、ここまで……」


 ゆっくりと胸の奥が熱くなる。


「成功だ」


 失敗して、考えて、工夫して――自分の手で、ちゃんと作り上げた。


「やった……!」


 初めての錬金術。初めての成功。この力、思っていた以上にすごいかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る