りんご追分
「あら、青森なのよ? リンゴを食べないなんてあり得ないでしょう?」
「あのう?」
「なあに?」
「どうして僕と食べる前提になっているのでしょう?」
「青森を満喫しに来たんじゃないの?」
「いえ、僕は、そのう⋯⋯」
「嫌ならひとりで行くからいいわよ。じゃなあね?」
なんて言ったっけ?
袖触れ合うも多少の縁、いや、他生の縁か。別に運命的なものは感じないのだけれど、今日は今までの自分の殻を破りに来たのだから。
恥ずかしがっていては、いつまで経っても僕は変われない!
「行きます! 青森のリンゴ? のぞむところです!!」
「お、いいね、その意気や好し! 私の名前は
「あ、申し遅れました。僕の名前は赤井ふじです」
僕はタクシーの運転手に事情を説明して、時間割で精算してもらった。
そしてひとつのタクシーに二人乗り込んで、次の目的地へと向かう。
「いざ、リンゴの街・弘前へ!!」
「おう!」
「お客さん、うちはアップルパイタクシーじゃないんですが⋯⋯」
「まあ、いいじゃない。私が店を選んでるんだから!」
彼女はアップルパイナビゲーターなのかな? お店に詳しそうだ。
藤◯記念庭園敷地内にある洋館一階の大正浪漫喫◯室。趣のある洋館は大正時代に建てられたレトロでかわいらしい三角屋根の建物だ。ステンドグラスや窓ガラスなど見ているだけでノスタルジックな気分になる。
「ねえ」
「はい」
「二個くらいは食べられる?」
「おそらく?」
八戸から弘前までは高速を使えば一時間ほどで着く。多少は胃袋にも余裕ができたが、二食を食べた僕にはハッキリと食べられるとは言い切れない。
「じゃあ、とりあえずひとつづつ頼んで、シェアしましょう。それを食べ終えて、いけそうならもうひとつづつ。どう?」
「はい。それがいいと思います」
そう言うと、彼女は限定の『プリンセスのガレット』、僕は『クローヌ』を注文した。アップルパイじゃないの? って思ったけど、僕は口にはしなかった。
「あなた、煙草とか吸わないの?」
「生まれてから一度も吸ったことありません」
「そう」
「
「あ、リンゴでいいわよ、私の呼び名。あんたのこともフジ君て呼ぶから。前の彼がね? 吸ってたから私も少し吸ってたの。でも、今はもう吸ってない」
「そうだったんですね。僕はお酒の味も分かりませんし、なんなら、こうした食べ歩きも初めてなんです」
「へえ? 彼女さんは甘いの食べないの?」
「いえ、僕に彼女なんていたことありませんよ?」
「え⋯⋯?」
ん、少し引いた? まあ、仕方ないよね。こうして女性と会話するのだって、プライベートでは無いのだから。この歳で彼女のひとりもいないなんて、気持ち悪いのかも。
「あっ! これ、すごく美味しいです!」
「え、本当? ちょっと貰うわね! あ、私のも食べていいからね?」
「はい、どうぞ! そしていただきます!」
僕たちはお互いのりんごスイーツをシェアして食べ比べた。
「「うんま〜い!!」」
「「あっ!」」
またハモった。どんだけシンクロ率高いんだよ!
「どちらも美味しいです。パイの方はサクサクの生地と、りんごの上品な甘さ、ほどよい酸味、そしてバターの香りがとっても良いです」
「うん、そうね。カリッと焼き上がった香ばしいガレットに、見た目華やかなりんごの薔薇とコンポート。カスタードクリームとバニラアイスがとっても合う。温かいものと冷たいものが混在するスイーツなんて、お店でしか味わえない贅沢さもいいわ!」
「そうですね!」
あれ? 僕、今なんだかとっても楽しい。こうして何かひとつのことを共感し合うって、今までに無かった感覚だ。
そして
美味しそうに微笑む彼女の顔はとっても魅力的で、自分の胸がワクワクする感覚が、食べ物が美味しいからなのか、彼女にときめいているからなのか、恋愛に無知な僕にはまだ、判別できなかった。
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