第2話 戻れるよね?戻れるよな?戻れると言えぇ!
消し飛んだドラゴンだった“もの”を見て、俺はただ唖然としていた。
……え。
なに、今の。
岩肌は抉れ、地面は抉り取られ、空を見上げれば――
雲が、ない。
正確には、あったはずの場所がごっそり消えている。
「……怖」
喉から、乾いた声が漏れた。
ドラゴンどころじゃない。
今の一撃、下手をすれば地形そのものを変えている。
――俺が、やったのか。
その事実が、遅れて胸に落ちてきて、背筋が冷たくなった。
「ルチア? 顔色、すごく悪いにぃ。大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んでくる、白くて丸いマスコット。
……詐欺師め。
一体、誰のせいでこうなってると思ってる。
「その名前で呼ぶな」
低く言うと、マスコットはきょとんと首を傾げた。
「ルチアじゃないにぃ?」
「俺は影山翔太だ」
はっきり言い切る。
「影山……しょうた?」
復唱してから、スカラはまた首を傾げた。
「よくわからないにぃ」
……今の反応、絶対知ってるだろ。
名前を把握してないやつの間じゃない。
今すぐにでも、このファンシーなステッキで殴ってやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪えた。
そんなことより――
聞かなきゃいけないことがある。
「おい」
無視。
「おい!」
無視。
「……魔法少女は、そんな乱暴な口調しないにぃ」
ムカつくなおい。
深呼吸。
最大限、作れる限りの笑顔。
「ねえ、スカラ?」
「なにを聞きたいにぃ?」
――来た。
「男に戻れるんだよね?」
一瞬。
ほんの一瞬、沈黙。
その短さが、逆に致命的だった。
「……戻れないにぃ」
それは、
これまで生きてきた中で、間違いなく一番残酷な一言だった。
「――でも」
続いた言葉に、反射的に顔を上げる。
「魔法少女魔力が、なくなれば戻れるにぃ」
……光。
真っ暗な場所に、細い一本の光が差し込んだ感覚。
「魔力……?」
「そうにぃ。ルチアの身体には、今、魔力が溢れてるはずにぃ」
その名前はやめてほしい。
だが、確かに。
落ち着いて意識を内側に向けると、身体の奥底から熱のようなものが湧いてくるのを感じた。
血とは違う。
力そのものが、巡っている感覚。
「……この魔力、いつなくなるんだ?」
「なくならないにぃ」
「……は?」
「魔力は自動回復するにぃ」
つまり。
こんな可愛くて、こんな強い魔法少女が、
ほぼ永久的に戦えて、最強ってことだ。
異世界ライフ、イージーモード――
「――って、なるかああ!!」
思わず叫んだ。
「戻せよ! 戻らせてくれよ!
魔法少女って変身は任意だろ!?
漫画じゃ解除もしてるじゃん!!」
「無理なものは無理だにぃ。
さっきみたいな必殺技を、何度も使ったりしないとだめにぃ」
必殺技。
あの、凶悪すぎるビーム。
……つまり。
「あれを撃てば、戻れるんだな?」
「理屈の上では、そうにぃ」
なら話は早い。
俺は迷わなかった。
ステッキを、空に向ける。
誰もいない。被害もない。
羞恥? 今さらだ。
「……きらめく、想いを……」
声が、勝手に小さくなる。
「このステッキに……全力だから……」
――呟き。
次の瞬間。
ボフッ。
間抜けな音とともに、
ミミズみたいな光が、ぴょろっと空に伸びただけだった。
……終わり。
「…………」
スカラは、やれやれと首を振る。
「ちゃんと叫ばないとだめにぃ」
「……」
「それに、危機でもないし、
誰も助けを求めてない場面じゃ、力は発揮されないにぃ」
正義の味方。
助けを求める人のための力。
……理屈は、分かる。
分かるけど、納得はできない。
「そんなに戻りたいなら、人助けをするにぃ」
「人助けって……そんな簡単に……」
「大丈夫にぃ!
ルチアなら、感覚で分かるはずにぃ」
スカラは、俺の額に小さな前足を当てた。
「目を閉じて。
意識を研ぎ澄ますにぃ」
他に選択肢もない。
気に食わないが、目を閉じる。
――すると。
最初は、何もなかった。
だが次の瞬間。
ざわりと、世界が広がる。
……気配?
いや、もっと生々しい。
一つ。
十。
百。
――いや、千。
一気に流れ込んできた“存在の数”に、思わず目を開けた。
「……っ!?」
「気づけたにぃ?」
「ああ……北に……一キロくらい先……
……人が、たくさんいる」
スカラは満足そうに頷いた。
「行ってみるにぃ!」
透明な翼を広げ、そのまま空へ。
「待て! そんな速く――」
「大丈夫にぃ!
魔法少女は、飛べるにぃ!」
……は?
半信半疑で、背中に意識を集中させる。
すると。
ふわり、と身体が軽くなった。
「……おお」
思った方向へ、自然に進む。
風を切る感覚が、心地いい。
速度も速い。
あっという間に、スカラに追いついた。
その時。
スカラが振り向いた。
嫌な予感がした。
「ちゃんと女の子らしくしないと、
魔力は消費されないから気をつけるにぃ」
「聞いてねえぞ!?」
「聞かれてなかったにぃ。あ――ほら」
ギリッと歯を食いしばり、言い直す。
「……私、聞いてないよ?」
「完璧にぃ!」
……もう、やだ。
早く、元に戻りたい。
こうして俺――いや、私は。
困っている人を助けに行くため、北へ進むことになった。
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