後編 幼馴染み達のガードと品切れの理由
放課後、俺は指定された公園の東屋へと向かった。
心臓はドクドクと鳴り、手のひらは妙に汗ばんでいた。もし本当に告白だったらどうしよう、いや、からかいだったらどうしよう……そんな不安と期待がない交ぜになっていた。
東屋のベンチに座る橘さんは、どこか落ち着かない様子だった。
「ごめん、橘さん。大事な話って何だよ?」
俺が尋ねると、橘さんは俯き加減で、しばらく押し黙った。
そして、意を決したように顔を上げる。
その表情は、どこか無理に作ったような不自然な明るさだった。
「あ、あのね、緑野くん。
実は……ドッキリだったんだ!
委員会の罰ゲームで、一番鈍そうな男の子に二人きりで話しかけるっていう……ごめんね!
私、演技が下手でしょ?」
橘さんは、自嘲するように笑いながら、そう言った。
……ドッキリ? 罰ゲーム?
心臓が、一瞬で冷たい鉛のように沈んだ。
「……ふざけんなよ!」
俺は湧き上がる羞恥心と怒りを誤魔化すように、大声を上げた。
「そんなくだらねぇドッキリ、俺には通用しねぇぞ!
人の気持ちをなんだと思ってんだ!」
顔が熱くなるのを感じた。恥ずかしい。
やっぱり俺は、モテないからからかいの対象に選ばれたんだ。
そんなくだらない理由で、俺は放課後ずっとソワソワしていたのか。
俺の剣幕に、橘さんは「ご、ごめんなさい……!」と顔を青くして立ち上がり、逃げるように走り去っていった。
残された俺は、東屋の柱に額を押し付けて、唸るしかなかった。
「チクショー、やっぱり俺はモテないんだ……!
あんな美人に本気で話しかけられるわけないよな……!
俺の恋だ愛だは、永久に品切れ中だ……」
その瞬間、東屋の入り口から、空と海の明るい声が聞こえてきた。
「あれー? 大ちゃん、寂しそうに一人で何してるのー?」
「橘さんとは、どんな委員会のお話だったんですか?」
二人は、何があったか知らないという顔で、俺の隣に座り込んだ。
俺は、二人には嘘をつけず、橘さんの「ドッキリ」話を打ち明けた。
「……だから、俺は、からかわれてたんだよ!
鈍い男ランキングで一位だったんだとさ!」
俺は自嘲的に笑うが、二人の顔は予想通りだった。
「ぶはっ! 大ちゃん、マジでドンマイ!」
空は腹を抱えて笑い出した。
「やっぱり大ちゃんは、ああいう可愛い子からはからかいがいのある弟としか見られてないんですよ!」
海も穏やかな口調ながら、容赦なく俺の傷口に塩を塗り込む。
「なんだよお前ら!酷い奴らだな!
いいだろ、モテないのは!
俺はもう諦めてるんだよ!
どうせ俺の青春は、恋だ愛だは品切れ中なんだ!」
俺が自暴自棄になると、空は笑うのをやめ、俺の肩をバン!と叩いた。
「なに落ち込んでんのよ、馬鹿!
そんなことないって!」
空は明るく、しかし力強い眼差しを俺に向けた。
「あのね、大ちゃん。他の女の子からモテなくたって、大丈夫なの!だって、大ちゃんは私たち専用なんだから!」
「そうですよ、大地くん」海は優しく、しかし有無を言わせぬ断定的な口調で続けた。
「橘さんの言う通り、あなたは鈍い。
だからこそ、他の恋だ愛だに惑わされる必要なんてありません。私たちは家族。
一生品切れ状態で、ずっと隣にいるんですから」
海はそっと、俺の頬を包み込む。
その手は、冷たすぎず、温かすぎず、ちょうどいい心地よさだった。
「私たちが、四六時中ガードしてるから、他の女の子が近づけないんでしょ?
あなたがモテないなら、私たちもモテないってことになりますよ?」
二人の言葉は、まるで俺の惨めな失敗を誤魔化すための、優しいおまじないのようだった。
「……ったく、お前らの言うことには説得力ねーよ」
俺は不満を言いながらも、頬を包む海の温かさと、隣で騒いでいる空の存在に、じんわりと心が安堵していくのを感じた。
「でも、まあ、そうか。お前らがいるから、俺は誰にも取られないんだもんな……」
俺はそう呟き、二人の言葉を「モテない俺を励ます、幼馴染みの優しい言葉」だと受け取った。
自分のモテない理由が、目の前の世界一可愛い二人の秘密の努力にあるとは夢にも思わず。
◇
俺は空と海に挟まれて、再び部屋で試験勉強を再開した。さっきまでの落ち込みは、もうどこかへ消え去っている。
俺が数学の問題集に集中している隙に、空と海はこっそり目線を合わせる。
空は、意地の悪い、だけど最高の笑顔で口パクで海に尋ねる。
(『ね、成功?』)
海は、静かに頷き満足げな微笑みを浮かべる。
そして、心の中で、空にだけ聞こえるように呟いた。
(ええ、空。彼がこの売約済みという事実に気付かなければ、私たちの平和な関係は永遠に続きます。彼の恋だ愛だは品切れ中。それが、私たちにとっての最高の結末なのです )
二人はそっと、大地に気づかれないように、足元で靴を軽く合わせる。
大地は、自分のモテない理由が、目の前の幼馴染み二人の秘密の努力にあるとは夢にも思わず、ただ「これでまたスキー旅行に行ける」という目の前の目標に集中し、シャーペンを走らせるのだった。
(完……本編に続く)
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