第3話

とき

「最近さ、陽毬変わったよね」

その一言は、何気ない昼休みの会話の中で放たれた。

「え……?」

「前より、よく笑う」

そう言ったのは、クラスの女子だった。

悪意はない。ただの事実として。

陽毬は戸惑った。

自分では、何も変わっていないつもりだったから。

けれど、思い返してみると――

優太と一緒にいる時間は、確かに増えている。

気づけば、心が軽くなっている瞬間も増えていた。

「……気のせいだよ」

そう答えながら、胸の奥がざわついた。

(これ以上、踏み込んじゃダメ)

そう思えば思うほど、

優太の存在は大きくなっていった。

放課後、カフェ。

窓の外では夕日がビルの隙間に沈みかけている。

「陽毬、甘いの好きだろ」

優太が、何も言わずにケーキを注文していた。

「……なんで知ってるの?」

「毎回、メニュー見る時間長いから」

そんな小さなことまで、見ている。

「……フリなのに」

思わず零れた言葉に、

優太の手が止まった。

「……フリ、だよな」

確認するような声。

「うん。フリ」

そう言いながら、胸がきゅっと締めつけられる。

「でもさ」

優太が視線を落としたまま言う。

「フリって、どこまでなんだろうな」

その問いに、陽毬は答えられなかった。

週末、街で二人は偶然を装って出かけた。

「デートっぽく見せた方がいい」という理由で。

映画館。

並んで座る距離が、やけに近い。

暗くなると、優太の存在だけがはっきりする。

上映中、ふと手が触れた。

どちらともなく、離れない。

(心臓の音、聞こえてないよね……)

終わったあと、外に出ると夜風が涼しかった。

「楽しかったな」

「……うん」

優太は立ち止まって、真剣な目で陽毬を見る。

「陽毬はさ」

一拍置いて。

「俺のこと、どう思ってる?」

その問いは、あまりにもまっすぐだった。

「それは……」

言葉が、喉につかえる。

好き。

でも、それを言ってしまったら、

この関係は壊れるかもしれない。

「……友達」

精一杯の嘘だった。

優太は少しだけ笑った。

「そっか」

でも、その笑顔は、どこか寂しそうだった。

その夜、優太は一人で考えていた。

(俺、何やってんだ)

フリのはずだった。

陽毬を巻き込んで、迷惑かけないための嘘。

なのに――

陽毬が他の男子と話していると、胸がざわつく。

陽毬が笑うと、理由もなく嬉しい。

(これ、もう……)

気づいてしまった以上、戻れなかった。

数日後、クラスの女子が優太に言った。

「ねえ、ほんとに陽毬ちゃんが彼女なの?」

その言葉に、優太は即答した。

「当たり前だろ」

迷いはなかった。

「俺、陽毬が好きだから」

その噂は、すぐに陽毬の耳にも入った。

胸が熱くなって、

同時に、怖くなった。

(優太は……本気なの?)

嘘から始まった恋は、

もう嘘だけでは、保てなくなっていた。

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