応援コメント

すべてのエピソードへの応援コメント

  • 感想をお聞かせ下さる日を、楽しみに待たせていただきます。
    素敵な企画に参加させてくださり、ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメント有難うございます。
    一月中の感想掲載については、私事により殆ど手を付けられない状態になり、誠に申し訳ありません(自身の体調管理の誤りもあります)。おそらく二月、三月に跨いで、新年度が始まるまでに全作品を読了する予定になるでしょう。
    再々度になり大変恐縮ですが、もうしばらくお待ち頂くことになります。

  • 感想を書いていただき、ありがとうございます!

    なるほど、途中の経過時間が短すぎるという指摘は、まったく想像していなかったので驚きでした。確かにもっと読者を待たせたほうが自然かもしれませんが、まあ長さ制限があったのでと言い訳しておきます。

    ちなみに、冷蔵庫ありきの作品だったので、冷蔵庫をテーマにした理由は違います。

    ありがとうございました。

    作者からの返信

    コメント有難うございます。

    現代ドラマやその派生などは見知った分野であるのもあって、自分の選好もより先鋭化しているのであります(その分本文にも関心を持って見ているという訳です)。その観点から、「今」というものの持つ同時代性を重視しているというのみに留まります。くわえて時間感覚というものはある時は異様に気になるがふとすると忘れてしまうというもので、ただぼんやり気になったという程度の物ですのでお構いなきよう。

    また以下も私見ですので、どうぞお気になさらず。
    シーンから作者の重要事・関心を「想像」するのは私の悪癖であって、これを感想に含めようか迷った次第でありますが、ただ上で挙げたような表現技巧・テクニックは(受け取り方は千差万別ですが)定量的で、ある種誰にでも感知可能である訳です。すると感想にとって重要となるのは、おそらく作品の神髄、エッセンスを受け取るかにかかる問題となるでしょう。くわえて、私は読書という行為の一方性を重視していますから、相互対話・連絡的なものではなく、読み取りたいものを読み取るという自分本位であるべきであり、それこそが読書の持つ固有の性質だ——というスタンスの表明から、このような手法を取るに至りました(そして案の定、私は浅薄な読み手であったので、それを取り逃がしてしまうというのであります)。方便ではありますが、私はそのような読み方を気に入ったのであり、それをこそ吟味していると解して頂ければ恐縮です。

    長文駄文失礼しましたが、改めて企画にご参加いただき有難うございました。

    編集済
  • 企画概要(再掲)への応援コメント

     先日は当方のノートにコメントを寄せてくださり、ありがとうございました。僕は三月さんのこの新たな動きにそこはかとない関心を寄せております。
     好感や悪感は、もしそれだけを感嘆詞のように単発的に述べるのであれば(たとえば、…が素敵です、…が好きです、…がお気に入りです、等)批評ではありません。けれども実際好悪には、それぞれ刺戟されてから内がわにて靄のように醸成、形を成して、本人がそれをついには自覚するまでの、かなり厳密な論理がそなわっているものではないでしょうか。生理的な反射に見える感情の動きも、そのわずか数秒の間にかなり整然とした理路を辿っており、好悪をつまびらかにしていった暁には、自らの生活の隅々にまで張り巡らされている体系的な好悪の原理が、ずるずると芋づる式に引ッ張り上げられてくる可能性をさえ秘めていると思います。
     批評は、何かに接したとき、自分の内がわを伝播していった感情のゆくたてを明らかにすること――ひいてはその何かを通して自分について述べることだ、と、かの小林秀雄が言っていた気がします。
     人はみな結論しか述べておりません。好悪が惹き出されるまでの内的ないきさつを述べることは、結論だけを述べる趣味嗜好の範疇を飛び越える意味において、すでに批評であります。そしてそれこそは、好悪だけが怒号のように飛び交うカクヨムに明らかに不足している要素ですので、僕はこの取組みに注目せざるをえません。
     とはいえ、ジャンル不問は間口が広すぎやしませんか。双方利用し合う関係と断ってありますけれども、やはりまだ奉仕の色合いが強いと感じますが、大丈夫でしょうか。触手が動くものについてのみ取り上げるだけで、僕は十分だと思いますけれど。

    作者からの返信

    コメント有難うございます。

    先日は自主企画の方での批評有難うございました。場違いですがこの場を借りて謝辞申し上げます。

    ところで、朝尾羯羊さまの懸念は当らずとも遠からずといったところであります。現時点ですでに、自身の語るべき言葉、持つべき所感のおこらないものについては、おそらく自然想起的な感情ではなく、連想される思考、つまりはテキストの思考やイメージを改変して陳列しているに過ぎないという状況にあります。

    ほとんど言い訳にもならない釈明を二点ほどさせて下さい。
    まず自然な感情の生成というのは、デカルトのいうような「白痴」、なにも内面化せず懐疑主義にあっても、しかしどこか確かな「点」から出発しようとする意識を念頭に置いたものでありました。しかし自身はそのような内への凝視に耐えられる人間ではなく、やはり取り込んできた価値軸に縋りついてしまっているようです。ただ、これに気づけただけマシかもしれません。
    二つ目に、作品から受け取る感情、エッセンス、問題意識を誤読し、または拡大して、思考を生成するという行いについては、自然に有する好嫌という判断軸を脇に置くストレスを抱えながら、これを真摯に執り行えば、作品における立派な模倣、後行行為として成立しうるのではないかという考えです。これが決して純粋な感情でないとしても、原作品を先達・正典とした模倣を通じて、自身が作品に投げかけたであろう目線を再現できないかと考えるのです。

    しかし、ご指摘の通り負荷の不均衡というのはありますし、内容も見切り発車の感は否めません。今回は勉強料ということで、もう少し頑張ってみようかとは思いますが。

    編集済
  • この度はありがとうございます(_ _*)

    やはり一万字に抑えての作品となると各所に置いての『物足りなさ』が目立ちますよね。
    自分でも感じていましたが、読者視点の感想を聞いて痛感しました。

    改めてありがとうございました(_ _*)

    作者からの返信

    コメント有難うございます。

    ゲームを主軸とした物語として、その展開自体は字数の中できちんと描かれていたと思いますし、これ以上削ることも難しいかと存じます。

    一意見としては、デスゲームという土台がしっかりしている分拡張可能性があるのであって、もとから長編として仕上げる方向性もあると考えます。

    編集済
  • ご感想ありがとうございます!大変読み込んでいただいたご感想に感謝しかありません。なるほどなあと実に唸らされる書評でした。本当にありがとうございます

    作者からの返信

    コメント有難うございます。

    短い中で描きたい描写、映像を吐き出し切った、エネルギーのある作品として、読む側としても気持ちのいい作品でした。改めてご参加下さり有難うございました。