『帝国による大陸統一シミュレーション』の世界に転生したが、俺の国が最初のチュートリアル生贄だった件 ~滅亡確定の辺境貴族は、知識総動員で「英雄皇帝」の重要フラグをへし折ることにした~

かしおり

第1話 チュートリアルの生贄

 脳髄が焼け付くような熱さだった。

 まるで、許容量を超えたデータが無理やりハードディスクに書き込まれているような、暴力的な感覚。


「う、ぐ……っ」


 俺は――いや、僕は、濡れたシーツを握りしめ、荒い呼吸を繰り返しながら天蓋を見上げた。

 知らない天井だ。だが、知っている。

 ここはランセラ王国、辺境伯領の屋敷。そして僕は、その嫡男アルヴィン・ベルジオ。十歳の誕生日を迎えたばかりの子供だ。


 だが同時に、俺は知っていた。

 ここが『グラン・エンパイア・クロニクル(GEC)』という、かつて俺が数百時間は費やした戦略シミュレーションRPGの世界であることを。

 そして俺は、日本のしがないサラリーマンだったという記憶を。


 高熱による生死の境で、前世の記憶が蘇ったらしい。

 現状を理解した瞬間、俺の全身からサーッと血の気が引いた。熱病のせいではない。あまりにも残酷な「自分の立ち位置」を理解してしまったからだ。


「……嘘だろ。よりによって、ここかよ」


 かすれた声が漏れる。

 『グラン・エンパイア・クロニクル』。

 重厚な世界観と、圧倒的な自由度を誇る名作ゲームだ。プレイヤーは大陸中央に位置する「帝国の若き皇帝」となり、腐敗した周辺諸国を武力で併合。最終的に大陸全土を統一し、理想郷を築くことが目的となる。


 主人公である皇帝は強い。

 配下になる騎士や魔導師たちも、個性的で強力なスキルを持っている。

 まさに王道を往く覇道ファンタジーだ。


 だが――俺の転生先である「ランセラ王国」は違う。

 この国は、ゲーム開始直後に滅びる。

 それも、ただ滅びるのではない。


 ゲームが始まってすぐ、プレイヤーである皇帝には最初のミッションが課される。

 『チュートリアル:新型魔導兵器の運用テスト』。

 その標的として選ばれるのが、我がランセラ王国なのだ。


 プレイヤーは、何も考えずにボタンを押すだけでいい。

 それだけで、帝国の誇る魔導砲が火を噴き、ランセラの国境警備隊は蒸発する。

 国境を守る辺境伯家の騎士団は、皇帝のレベル上げのための経験値ボックスとなり、最後は無惨に踏み荒らされて終了だ。


「俺は、あの『チュートリアル戦』で死ぬ、名もなき指揮官ユニット……」


 顔を洗おうと、ふらつく足で洗面台へ向かう。

 鏡に映っていたのは、線の細い、青白い顔をした少年の姿だった。

 アルヴィン・ベルジオ。

 ゲーム内のステータス画面を思い出す。

 統率C、武勇D、知略C。スキルなし。

 凡庸だ。あまりにも凡庸すぎる。


 一方で、本来の主人公である皇帝ラインハルトはどうだ?

 初期ステータスからオールA。固有スキル『天帝のカリスマ』持ち。さらに成長率はSS。

 天と地ほどの差がある。

 まともに戦って勝てる相手ではない。


「ふざけるな……」


 鏡の中の自分を睨みつける。

 あと十年。

 今、俺が十歳ということは、ゲーム本編が開始される十八歳まで、あと十年足らずの猶予しかない。

 十年後には、帝国の圧倒的な軍勢がこの地を埋め尽くす。

 父も、母も、屋敷のメイドたちも、領地の民も、全員が「帝国の威光」を示すための演出として殺される。


 この平和な領地が、炎に包まれる光景が脳裏に浮かぶ。

 ゲーム画面の向こう側で、俺は何度もそれを見た。

 「経験値がおいしいステージ」だと笑いながら、効率的にこの国を蹂躙した。


 吐き気がした。

 今度は、俺が踏み潰される側だ。


「……嫌だ」


 誰が死んでやるものか。

 俺は生きる。こんな理不尽な「噛ませ犬」の運命など、へし折ってやる。


 俺は洗面台に水を溜め、顔を突っ込んだ。

 冷たい水が熱を奪い、混乱していた思考を強制的に冷却する。

 顔を上げ、タオルで乱暴に拭う頃には、俺の瞳から怯えは消えていた。

 代わりに宿ったのは、ゲーマー特有の冷徹な計算ロジックだ。


 正面から戦えば、勝率はゼロだ。

 帝国の国力は、ランセラの百倍以上。軍事力に至っては比較にもならない。

 個人の武力を鍛えたところで、皇帝ラインハルトには絶対に勝てない。彼は「物語の主人公」であり、世界そのものに愛されているからだ。


 だが――俺には「知識」がある。

 この世界の未来を知っている。

 どこにどんなアイテムが眠っているか。誰が将来、英雄になるか。帝国の強さの秘密がどこにあるか。

 そのすべてを、俺は知っている。


 帝国の強みは三つある。

 一つ、無限のエネルギーを供給する古代遺跡の遺産。

 二つ、皇帝を支えることになる天才的な側近たち。

 三つ、他国を圧倒する経済力と技術力。


 これらはすべて、ゲーム開始時点ではまだ帝国の手にはない。

 皇帝が冒険を通じて手に入れ、成長していく要素だ。


「つまり……先回りして、全部奪ってしまえばいい」


 簡単な理屈だ。

 皇帝がレベルアップするための「経験値」も「最強装備」も「優秀な仲間」も、すべて俺が先に回収する。

 皇帝が手にするはずだったリソースを根こそぎ奪い、こちらの戦力にする。

 そうすれば、十年後の開戦時、最強であるはずの帝国軍は「スカスカの張りぼて」になっているはずだ。


 英雄てきが育つ前に、その芽を摘む。

 卑怯? 上等だ。これは騎士同士の決闘じゃない。生存競争だ。


 俺は部屋の窓を開け放った。

 眼下に広がる領地は、今はまだ穏やかな夕暮れに包まれている。

 この風景を守るためなら、俺は歴史を歪める悪役にでもなってやる。


「待っていろよ、英雄皇帝」


 俺はニヤリと笑った。口元が自然と歪む。

 恐怖はもうない。あるのは、高難易度ミッションに挑む前の、武者震いだけだ。


「お前が輝かしい栄光の道を歩き出す前に――その足場、俺が全部崩してやる」


 最初のターゲットは決まっている。

 この屋敷からそう遠くない場所にある、古代遺跡『忘却の霊廟』。

 そこには、帝国の魔導兵器の心臓部となる重要アイテムが眠っているはずだ。

 本来ならレベル30は必要なダンジョンだが、今の俺はレベル1。

 まともにやれば即死だが……『攻略法』なら頭に入っている。


 俺はクローゼットを開け、外出用の服に着替え始めた。

 チュートリアルは終わりだ。

 ここから先は、俺だけの『生存戦略ストラテジー』が始まる。


---


(著者より)

お読みいただきありがとうございます。

ここから知識と戦略ですべてを覆す、辺境貴族の逆転劇が始まります。

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