悪役領主は逃げられない

本上一

来ちゃった


 とうとう、来てしまったか。

 主人公の少年少女が。

 ――いや、正確には主人公と思しき二人、だが。


 領主邸二階、執務室の窓から見下ろした先。

 門扉が、文字通り蹴り破られた。


 一撃で蝶番が悲鳴を上げ、二撃目で完全に倒された。

 無残にも踏みつけられた門扉の上、その中心に立つ少年と、一歩遅く歩みを進める少女。


「あ〜あ、壊しちまった」


 思わず、独り言が漏れた。


 ――悪役領主かよ。


 そう思ったのは、過去に二度。


 一度目は、前領主の所業を知った時。

 二度目は、その座を押し付けられ、初めてこの執務室に足を踏み入れた時。


 前領主の不正を指摘したら、なぜか俺が後任になった。

 出世? 冗談じゃない。

 村ひとつ、財政は底、民心は最悪。

 貧乏クジにもほどがある。


 領主交代は、それなりに大きく報じさせた。

 税制も即座に是正した。

 だが数字が改善したところで、腹が満ちるまでには時間がかかる。

 その『かかる』間、恨まれるのは今の領主――つまり俺だ。


 眼下では、止めに入った兵士が殴り飛ばされていた。


「あの少年は、今殴った兵士が領民だと知らんのか?」


 狭い領地だ。

 あれ、たぶん近所のおじさんだぞ。


 隣で、メイドが淡々と答える。


「来たら手を出さぬよう、業務命令を出していましたよね?」


「彼にとっては、子供の頃から知ってる相手だ。勇気ある行動を責めるのは酷だろ」


 倒れ伏す兵士を見下ろし、溜め息が出た。

 次は俺の番か、という予感付きで。


 そうならぬよう、今日まで考えた策は二つ。


 一つ目は主人公探し。

 前領主が悪役なら、この世界には主役がいるはず。

 しかも大抵、悪役のすぐ近くに。


 で、見つけた。

 異様に強い少年少女。

 今まさに領主邸を襲撃している二人だ。


 あれは、どう見ても世界の都合で作られた存在だ。


 二つ目は、前領主を吊るすこと。

 磔にして石でも投げさせれば、多少は時間稼ぎになっただろう。


 ――許可は下りなかった。

 理由は「件の少年が石を投げると死ぬ」から、だそうだ。


 残念無念。


 そして、ここまで来た以上、なるようにしかならない。

 良くも、悪くも。


 喧騒が近づき、扉が破られた。


「ちょ、待――」


 言い切る前に、拳が飛んできた。

 視界が回り、床に倒れる。

 書類が、雪崩のように舞い散った。


 次の瞬間、視界が塞がれる。

 メイドが覆いかぶさるように抱きついてきた。


「命ばかりは、命ばかりは、お許しくださいませ」


 おぉ。


 いつもの淡々とした口調じゃない。

 そして、意外と――


「なぁ、顔違うぞ」

「うん」


 少年少女が一言ずつ確認し合う。


 気まずい沈黙。


 殴る前に気付いてほしかった。

 切実に。


 そして二人は、あっさり踵を返した。


 階段を降りる足音が遠ざかる。


「行ったようです」


 メイドは立ち上がり、何事もなかったようにスカートを払った。


「存外、上手く行きましたね。あれでダメなら『お腹に子がいる』案も用意していましたが」


 真顔で言うな。


「業務外ですので、ぼ〜なすをお願いしますね、領主さま」


 助かった。

 命は、確かに。


 だが、素直に感謝しづらい。


「金はないぞ。知ってるだろ」


「知ってます。なので現物支給で」


 嫌な予感しかしない。


「……何が欲しい」


「では、子供をください」


「……こども?」


 一瞬、理解が追いつかない。


「はい、子供です」


「それは、つまり」


「はい。具体的には、せ――」


「待った。分かったから、待て」


「別の言い方をしますと――」


「だから待てって」


 状況が落ち着いたら、だ。

 そう言うと、メイドは首を傾げた。


「期限は?」


「期限?」


「締切のない仕事は、仕事ではありません」


「仕事じゃないだろ」


「はい。業務外です」


「……半年は待たせない」


 彼女は呆れたように首を振る。


「領主さま。どうか、驚かずに聞いてくださいませ」


「何だ」


「半年で子供はできません」


 真顔だった。


「いや、それは知ってる」


「もちろん、冗談です」


「どこからだよ」


「さぁ、どこからでしょう」


 そう言って、彼女は淡々と書類を拾い始めた。


 後日、少年少女が親とあの殴られた兵士に連れられて謝罪に訪れた。

 領主邸破壊と領主襲撃。

 本来なら謝罪一つで済む話ではない。


 だがそれより前に、二人は王都の学園へ進学が決まった。

 ――要するに、上からの「許せ」というお達しだ。


 その後も、異様に強い者達が次々と見つかっているらしい。

 特に秀でた少年少女を、どこよりも早く見つけ報告した俺には、報奨まで出るそうだ。


 どうやら俺は、悪役を降りられたらしい。


 状況は落ち着いた。

 落ち着いてしまった。


 ――さて。


 至近距離から突き刺さる視線。

 そろそろ、視線以外が刺さる前に動くとしよう。


 そう。

 業務外の案件と、向き合うとしよう。

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