一般生徒Aの俺が学園のお嬢様達から好かれている。何で?

第1話 お嬢様が困っているみたいだ。

「戸松って休み時間も勉強してんのね」


 隣の席の溝口真由子みぞぐち まゆこがだるそうに話しかけてくる。俺は読んでいた英単語帳をパタッと閉じて声の方向を向く。


「そりゃ、奨学金止められたら俺ここ通えないし」


「ええ……、そりゃ大変だねえ」


 俺達が通うここ芦月学園あしづきがくえんは都内有数のお坊ちゃま高校として知られていて授業料などもかなりの金額になるらしい。そして俺の家は平均的な稼ぎだ。何故そんな状況でこの高校に通えているかというと特待生制度があるためだ。俺は入試の際に学年一位の成績で入学したため、特待生として入学した。入学金、授業料その他諸々払っていないのだ。勿論三年間、特待生でいるためには期末テストで上位をキープしなければいけないため、こうやって勉強に励んでいる訳だ。


「だけどそれ以上に大変なのは周りの生徒と価値観が全く合わん……」


「本当、それ……」


 周囲を見渡す。他の生徒達は当然高い授業料を払える家庭という事もありお坊ちゃま、お嬢様揃いなのだ。やれ医者の息子、社長の息子、芸能人の娘などがいるらしい。


「いや、お前も社長令嬢だろ」


「いやいや、ウチなんて最近、儲かりだした成り金よ」


 溝口の親は溝口株式会社という会社の社長だという。だが、ここ数年で会社が急成長したため、他の生徒とは違い一般家庭のレベルを知っているそうだ。そのため、俺達は周囲と馴染めず話しているという訳だ。まあ隣の席というのも大きいが。


「社長令嬢っていうのはああいうのを言うの」


 溝口はある女生徒の方を向く。その方向の先には予想通りの生徒が立っていた。


竹之内たけのうちか……」


 竹之内美帆たけのうち みほ、日本を代表する竹之内グループの社長令嬢だ。総資産はうん百億とかなんとか言われている。よくは知らないが。


「それに加えてあれだけ可愛いけりゃそりゃ争奪戦になるよねえ」


「ふ〜ん、まあ確かに可愛いもんな」


「おっ、戸松も彼女目当て?」


「ばかいえ、一般家庭の俺なんか相手にされるわけねえだろ。それより俺は奨学金止められないか恐怖の日々よ」


 俺だって多感な高校生だ。可愛い子はそりゃ気になるがそれよりこの学校を辞めなければいけないという可能性の方が怖い。


「審査って一年に一回とかでしょ?ビビリすぎなんじゃない?」


「そりゃそうだが、参考にするのは全部の定期テストだぞ。気を休めて良い時なんか無いんだよ」


 俺はそう言って閉じていた英単語帳を再び開く。溝口はつまんな〜と言いながらスマホをいじりだした。どうやら話は終わったようだ。俺はチラッと先ほどまで話に出ていた竹之内を見る。彼女は仲の良い女子達と笑いながら話しているようだ。まあ、俺なんかと関わり合いになることなんて無いんだろうなと思った。


 しかし、その時の予想はすぐ覆ることになる。それは放課後に起こった。


「そういや、俺財布変えたんだ」


「お前、それ十万じゃ買えないだろ。誕生日かなんか?」


「いや、小遣いで買った」


 放課後、クラスメイトの男子たちの会話が聞こえてくる。高校生がブランド物の財布なんか買うなと思うが別に友達でもないので何も言えない。しかも小遣いで買ったといっているが何年も貯めて買ったとかではないだろう。話を聞いているだけで金銭感覚がおかしくなりそうだ。俺は黙って立ち上がって帰りの支度をする。


「あれ、戸松帰るの?」


「ああ、俺は部活とか委員会入ってないからな」


「え〜勿体ない、青春しなきゃ。私はこれから部活」


「フェンシングだっけ?珍しいよな。流石お坊ちゃま校」


「まあね。あ、やば、時間だからすぐ行かなきゃ。じゃあね〜」


 溝口はすぐさま立ち上がりぴゅ〜と走り去ってしまった。忙しいやつだ。俺は鞄を持って黙って教室を出る。ふっ、溝口以外に話す相手がいないからな。


 俺は学校に出て小腹が空いたのか腹がぐ〜と鳴る。昼食結構食べた気がするんだけど、どうするか。確か、学校の近くにハンバーガーショップがあったはずだ。俺はため息をつきながら店まで徒歩で向かう。


 学校から徒歩五分ほどのところにその店はあった。この立地なら芦月学園の生徒がいてもおかしくないと思われるかもしれないが学園のお坊ちゃま達はこういう庶民が行く店に行く可能性も低そうだと思う。店内に入るとセルフレジには列が出来ていた。一瞬面倒だと思ったが諦めて列に並ぶ。


「おい〜、まだかよ」


 俺の前のおじさんがブツブツ言っているのが聞こえてなんだろうと思い列の先頭を見ると芦月学園の制服を着た女子が立っていた。おお、まさかお嬢様もこの店に来るのかと思ったが、よく見るとクルクルのパーマをかけた長い髪の女の子。その子はまさかの竹之内美帆だった。


「え、マジか」


 思わず呟いてしまう。超お嬢様で何か何時も帰る時、執事みたいな人が車で迎えに来ているという噂を聞いたことがあったがこの店に来るのかと思って見ているとどうやら注文の仕方がわからないのかモタモタしていた。周囲を見ると店員達は忙しそうでセルフレジの様子など見られていない様子だ。どうやら一人みたいだし仕方がない。


「竹之内さん、注文したい時はまずはここを押すんだよ」


「!?と、戸松君?」


 お、俺の名前を知っているのか。同じクラスとはいえ俺みたいな空気は存在を認知されていないと思っていた。まあ、一先ずそんな事はいいや。


「で何を頼みたいの?」


「え、ええとこういう時は何を頼むのが正解なんでしょう?」


 始めて来たのだろうとは思ったが何を頼むかも全く分からないまま来てしまったのか。どうしよ、俺のオススメを薦めればいいか。


「えと、じゃあこのセットでいいんじゃない。てりやきハンバーガーとポテトと飲み物のセット。飲み物は?」


「え、ええとお茶で」


「ほい。頼んだよ。何で払うの?」


「ええと、じゃあカードで」


 竹之内さんは高そうな財布から真っ黒のカードを取り出した。俺はそれが何かを気にしないようにして差し込み口を教えて注文を終える。するとレシートが出てきた。


「そのレシートを持ってカウンターに行って、そのレシートの番号が呼ばれるからそれを受け取ったら終わり」


「あ、ありがとうございます!!」


 竹之内さんは頭を深々と下げたので俺は必死にそれを止める。こんな所で恥ずかしい。俺は見届けたので列に戻ろうとしたら先程より列が大分伸びていた。これ並び直すの嫌だな。


「た、竹之内さん」


「は、はい」


「後は大丈夫そう?」


「はい、ここから分からない事があれば店員の方に伺います」


「そりゃ、良かった。俺は帰るからさ。じゃ、また明日!!」


「え、ちょっとまっ……」


 俺は竹之内さんの返事を待たずに外へ出た。腹は減っているがコンビニで何か買えばいいだろう。俺はその時、そんな事を考えていた。この行動が次の日、学校で騒動になるとも知らずに。


あとがき───────────────────────


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