大嫌いから大好きへ——幼馴染が拗らせた恋の話。

@pastry-puff

前編 てつくんなんて大嫌い!



「てつくんなんて大嫌い!」

「……え?」


放課後の日常で、隣のクラスへ幼馴染を迎えに行くと、唐突にそう叫ばれた。

廊下にいた数人の生徒が振り向く。俺は棒立ちになったまま、手にしていたカバンを持ち直す。


「急にどうした……?」


頭が悪いというわけじゃないが、どこか抜けている幼馴染。そんな彼女との付き合いはもう十年近い。

怒られ慣れてるつもりでも、理由が分からない“怒鳴り”はさすがに心臓に悪い。


「むぅ〜!」


ポンコツ娘。近所の人からそう呼ばれていたこともあった。

運動も勉強も平均レベルなくせして、誰よりも正義感が強く、突発的な行動が多い。

まぁ、それだけなら良いんだけど……。


「わたし、今日は友達と帰るからっ!」


こういう風に、思い込みが強い。

何を勘違いしているのか知らないが、こうなったときのひなは頑固で、絶対に話を聞いてくれない。

でもどうせ明日にはケロッとしてる…まぁ、いつものことだ。


「おう、気をつけて帰れよ。……あ、帰りにいちご屋でプリン買ってくつもりなんだけど、いる?」

「えっ……! いちご屋のプリン!? 食べた……ふ、ふんっ! わたし、そんなお子ちゃまじゃないからねっ!」


そう言いながら、名残惜しそうにこちらをちらちら振り返る。口では強がってるのに、目線は完全に“食べたい”だった。

その姿が少しだけ可愛くて、思わず笑ってしまう。


「……まぁ、プリンは買ってくけど。あれじゃ受け取らなそうだし、おばさんにでも渡しておくか」


ささっと去っていく姿を眺める。


「食べたいならそう言えばいいのに……」


ぼそっと呟くと、背後から肩を叩かれた。


「あ〜あ、振られてやんの〜」

「中島……まだいたのかよ」

「ひっどいな。いや、忘れ物取りきたらなんか夫婦喧嘩してたからつい見ちゃって」


クラスメイトの中島が、いつのまにかニヤニヤと立っていた。こいつの“冷やかしセンサー”の反応速度は相変わらずだ……いや、普通にムカつくな。


「夫婦じゃないから」

「またまた〜、あんなに日頃からいちゃついてるのに」

「ひなが勝手にくっついてくるだけだろ」


聞き飽きた軽口を並べる中島を軽くあしらい教室を後にする…が、何故か隣を歩いてきて離れない。


「……にしても、ひなちゃんなんであんなに怒ってたんだと思う?」

「知らん。またいつものポンコツだろ」

「いや〜俺はそうは思わないけどね〜。あれはきっと……い〜や、なんでもない」

「なんだよ、気持ち悪いな」


ニヤニヤしながら肩に手を回し、「そのうち分かるよ」なんて意味深なことを言ってくる。

そんなこいつに腹が立って、思わず手が出てしまった。







翌朝。


「ひな、おはよう」

「あ、てつく……ふんっ」


珍しくひなが朝、家まで迎えに来なかった。

まさかと思ったけど……やっぱり、まだ機嫌が直ってないらしい。


なんというか……珍しいこともあるもんだ。

プリン食べてないのかな?


「そういえば、昨日プリンおばさんに渡してって頼んどいたんだけど、食べた?」

「……美味しかった。ありがと……ふんっ」

「そこはお礼言うんだな」


おかしい…いつもならぐっすり寝てプリン食べたら機嫌治るのに。

……なんともよく分からない幼馴染だ。


「じゃ、教室行くから。今日はちゃんと勉強しろよ」

「いつもちゃんとやってるもん!」


彼女と逆方向に歩きながら心のどこかがもやっとした。当たり前みたいに隣にいた日々が急に遠く感じる。

たったそれだけのことなのに、どうしてこんなに胸がざわつくんだろう。


「あ、今日も友達と帰るからね!」


去り際にそう告げ、ダッシュで教室へ。

足が絡まって転けそうになりながらも耐えた……なんか、成長したな。


手のかかる妹がいつの間にか大人びていくみたいな…そんな不思議な気持ちになる。







数日後。


ひなの態度は相変わらずだった。

話しかけると一瞬嬉しそうな顔をして、すぐに表情を引き締めて逃げていく繰り返しだ。


「……はぁ、何考えてんだか」


放課後の教室で独り言を漏らしていた時、声をかけられた。


「てつとくんだよね?」

「えっと……ひなと同じクラスの子だっけ? ごめん、名前は覚えてない」

「覚えてないのは悲しいな……なんてね。山下ゆき、ひなちゃんの友達」


ナイスタイミングで助かった、ちょうどひなと仲の良い子を探そうと思っていた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、今いい?」

「ひなちゃんのことでしょ?」

「……まぁそうだけど…。やっぱ最近のひなって変?」

「うん、だいぶね。だって——てつとくんと話してないから」

「…いや、こっちが避けられてるんだけど?」

「まぁそうなんだけど……。ん〜原因までは分からないけど、本人と話すべきだと思うよ」


手がかりは掴めたようで、掴めてない。それでも、何かが動き出す気がした。


「……私のおすすめ、聞く?」

「……あぁ」


山下さんは少し背伸びして、俺の耳元に顔を寄せる。長い髪がふわり揺れ、シャンプーの甘い香りがした。


「放課後、屋上で待って。『大事な話がある』って言えばきっと来るよ」


彼女の提案にそんな簡単にいくものかと頭を悩ませる。


「……それで来るか?」

「来るよ絶対。もし来なかったら私が責任とる。ちゃんと仲直りできるまで付き合うから!」


そう言って笑うと、ひなのクラスの方へ走っていった。

その後ろ姿を見送りながら心の中でつぶやく。


「……大事な話、か。俺も一つくらい伝えることあるかもな」


──明日、ふたりでちゃんと話そう。




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