第2話:君がいた

――夜の風音神社――


「それで……君は一体誰なんだ?」


その質問に彼女は困っているようだった。


「それが、わからないんです。風音島に住んでいたはずなのですが、風景に見覚えがあるような無いような……といった感じで」


「去年は風音島にいなかったよね?」


「それは……どういうことでしょうか?」


「僕は、ここ数年、夏に風音島に来ているんだ。だから去年もいたなら会っているはずだと思って」


境内のベンチに座り、改めて彼女に説明してみた。

僕が、大学1年生の頃から毎年1回は風音島に来ていること。

その中で彼女の姿を見かけたことがないこと。

ついでに、今回の旅行は3日で、明後日には帰りのフェリーに乗ること。


「えぇっと。私も、白石さんをお見掛けした記憶はないですね」


彼女のほうも、僕を見たことが無いということは、彼女はもしかしたらとても古い時代の幽霊なのかもしれない。


「もし、君が幽霊だとしたら。何か未練があって島に残っているのだろうか?」


「そのあたりも、全くわからないんですよね……」


あまりにも、彼女を特定する情報がわからなくて、匙を投げたくなってきた。

だが、なぜかわからないが、彼女を放置していくのは気が引けた。


「うーん……というか、僕って君に触れられるんですかね?」


「試してみますか?」


そう言うと、隣に座っていた彼女は、僕に手を伸ばした。

結果……彼女の手は僕を通り抜けているようだ。


彼女が残念そうに言う。

「触れないみたいですねぇ」


「触れることはできないと。あとは……おなかが減ったりはしないのですか?」


「おなかも特に減らないですし、眠気も来ないです」


彼女について知れば知るほど、幽霊である可能性が高まっている気がする。


「となると、やっぱり幽霊な気がしますね」

なんて、ちょっと冗談交じりに伝えてみた。


「私も、白石さんと話していて、自分が幽霊なんだろうな……って思い始めました」


「幽霊相手にこんなことを言うのも変かもしれませんが、僕の泊っている宿に来ませんか?」


「宿にですか?なぜ?」


何故といわれると、自分でも何故そう思ったのかわからない。

ただ、自分が逆の立場だったら、ひとりでいるのは寂しいのではないかと思ったのだ。


「自分が同じ立場だったとして、誰にも見えずに過ごしている。そんな中で自分を認識してくれる人がいたら、可能な限り話がしたいかなって」


「私としては、話し相手がいてくれると嬉しいですけど……幽霊ですよ?」


「夜中の神社で、これだけ話しているんですから。れっきとした知人ですよ、幽霊だとしても」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


「では、夜も遅いし、宿までご案内しますよ」

そう言ってベンチから立ち上がる。


遅れてベンチから立ち上がった彼女が僕の横に立ち、二人並んで宿を目指した。


行きは一人で上がってきた出会い坂を、幽霊と二人で下る。

その事実が少しおかしくなってにやけてしまった。


「白石さん。どうしたんですか?」


「いえ、一人旅で来たのに、何の因果か女性と二人で真夜中の出会い坂を下る。ロマンチックだなぁって思いまして」


「出会ったのは風音神社ですし、私幽霊ですけどね」


くだらない話をしながら、お互いに笑い合っていた。

だが、その中で一つ分かったことがある。


「あれ、そういえば君。名前は覚えてないみたいだけど、出会い坂の名前は知っているんだね。だとすると……思ったより古い時代の幽霊じゃないのかも?」


「確かに、言われて思い出しましたが、風音神社も出会い坂も、どこか知っているんですよね……」


一体いつの時代の人なのだろう……なんて思いながら歩いていると、宿についた。


「あぁ、白石さんは大野さんのところに泊まってたんですね」


「あれ?大野さん知ってるの?」


「はい、大野のおじいちゃんですよね?」

なんか、彼女の言っている大野さんと、自分の知っている大野さんが別人のような気がする。


「大野さんはまだ40歳くらいだったはずで、おじいちゃんって感じじゃないんだけど……」


「私が知っている大野さんはおじいちゃんだったんですが……」

彼女の記憶違いだろうか、それとも、彼女が未来から来ている幽霊だったりするのだろうか?


どれにしても、彼女が幽霊であることは変わらない気がしてきた……


「とりあえず、続きは部屋に入ってから話そうか。もしここを他の人に見られたら、独り言の怪しいやつになってしまう」


そんな冗談を言いながら、部屋に入った。


――宿の一室――

宿とは言ったが、離れのような作りになっており、風呂トイレ付きのペンションみたいなものだ。

隣の部屋とかは無いし、ここなら人目を気にせずに話していても大丈夫だ。

ちなみに、ベッドは二つある。


「今日はもう遅い時間だし、続きは明日にでも話そうか」


「そうですね……私が寝れるのかは謎ですが……」


「せっかくベッドがもう一つ空いているんだし、そこで横になってみたら?」


彼女がベッドに移動して、大の字でダイブした。

ベッドを通り抜けたりしないかと思ったが、無事にベッドに乗っかったようだ。


「ベッドは貫通しないんだね。よく考えたら、扉も僕が開けたところを通っていたから、物質には触れるのかも?」


「私のことながら、不思議ですねぇ」


「じゃあ、電気も消すね。おやすみなさい」


「おやすみなさい。白石さん」


――2日目の朝――


まぶしい朝日に目が覚める。

昨日は不思議な夢を見たなぁ……なんて思って横を見ると、ベッドに女性が寝ていた。


あぁ……昨日の幽霊の彼女はやっぱり夢じゃなくて、実際にいたのだなぁ……なんて寝ぼけた頭で考えていた。

そんな姿を見ていると、彼女がもぞもぞと動き出し、起き上がり始めた。


「おはようございます。白石さん」


「あぁ……おはよう」


「むむむ……白石さんはもしかして、朝弱いほうですか?」


「そうだね、いつも朝はボケっとしちゃうんだよね」


雑談をしていると、ノックの音が響いた。


「白石くん。もうすぐ朝食の時間だよ」


「は~い。ちょっと今着替えてるので、着替え終わったら向かいますね」


そう言いながら、パジャマから着替えようとして気が付く。

今は女性の目があるじゃないかと……


「あー。とりあえず着替えるから、あっち向いていてもらっていいかな……なんか恥ずかしい」


「それって、女性の私が言うセリフじゃないですかね……わかりました。あちらに向いているので終わったら呼んでください」


着替えを終えて、彼女に声をかけた。


「朝食だけども、大野さんがいる前で君としゃべったら不審者になってしまう。この部屋で待っててもらってもいい?」


「それもそうですね。お留守番しておきます」

そう言って、僕は宿の朝食を食べに行った。


――本館の食堂――


本日の朝食は、納豆にごはん、お味噌汁。

焼き魚(本日の朝獲れたやつ)にお刺身だった。

いつ食べても、島の料理はおいしい。


「あ!大野さん。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが……」


大野さんに幾つかの質問をしてみた。

白いワンピースを着て麦わら帽子を被った、女子高生ぐらいの女の子を知らないか?

"大野のおじいちゃん"という存在に心当たりは無いか。

風音神社で幽霊の目撃情報とか怪談話が無いか。


「うーん……大野のおじいちゃんって呼ばれるとしたら、俺の親父かなぁ……何年も前だけどね。当時の俺は島を離れてたから詳しくはわからないけど」


「風音神社の幽霊は聞いたことが無いし、白いワンピースで、麦わら帽子の女の子も心当たりないなぁ。でもせっかくだから、親父にも心当たりが無いか聞いてみるよ」


「大野さん。ありがとうございます。何かわかったら教えてください」


朝食を食べ終えた僕は、部屋に戻った。


「おかえりなさい。白石さん」


そんな言葉にちょっと面食らってしまった。

大学に入って数年、一人暮らしをしており、おかえりなさいなんて言われる機会がここ数年なかったからだ。


「ただいま。なんかちょっと照れ臭いな」


彼女に、朝食に何が出たかといった話をしつつ、大野さんに聞いた内容を共有した。


「つまり……私は何年か前に死んだ人の幽霊ということなのでしょうか?」


「わからないけど、大野のおじいちゃんがいるとしたら、大野さんの親父さんが現役だったころじゃないかって」


「何かわかると良いですねぇ……」


少ししんみりしてしまったが、僕にとってはせっかくの夏休みだ。

今日もどこかを歩き回るつもりだ。


「島をぐるっと回るつもりだけど、君も来る?」


「暇ですし、お供しますよ」


なんだか、お互いに雑にコミュニケーションを取るようになってきた気がする。


島の展望台に行ったり、井戸を見に行ったり。

商店に並ぶ商品を見てみたりした。


夕方になって、風音海水浴場に行った。


――風音海水浴場――


「いやぁ、一人旅で来てたから、こんなに人と楽しく話しながら過ごせると思わなかったよ」


「私、幽霊ですけどね」


「なんだか、決め台詞みたいで可愛いよね。それ」


「決め台詞というか、事実なんですけどね」


そう言った彼女は何かを思ったのか、茜色に染まった海に足を踏み出した。


「私が幽霊だと自覚したからなのか、こんなことができそうです」

海に向かって歩を進める彼女は、海に浸かるのではなく、海面を歩き始めた。


海面に立つ彼女の後ろ姿は、とても綺麗で、目が離せなくなって、思わず写真を撮った。

けれど、写真に写っているのは風景だけで……

その事実が、どうしようもなく心を動かした。


「あのさ。今からとても変なことを言うかもしれない。けれど君にだけは聞いてほしい」


「急にどうしたんですか、白石さん」

彼女は少しきょとんとした顔をしている。


「君と出会ってまだ1日も経っていないけれど、なぜか君に非常に惹かれるんだ」


「今まで生きてきて、こんな気持ちになった経験はないけど、これが恋なのかもしれない」


「……君のことが好きになってしまったんだ」


一世一代の僕の告白で、彼女の顔は真っ赤になっていた。


「あの……嬉しい告白ですが……私、幽霊なんですよ」


「それでも、好きだという気持ちだけは伝えたくて」


「わかりました。私、幽霊ですが、その告白受け入れてあげます」


そうして、僕は名前も知らない幽霊の彼女に告白し、受け入れてもらえたのだった。


「触れられもしない、いつ消えるかもわからない幽霊に告白するなんて、ずいぶん変わりものですね」

そう言われると、ぐうの音も出ない。

だが、今彼女と過ごせるこの一瞬がとてもまぶしかった。


暫く一緒に海を眺めて、夕食の為に宿に戻る。

宿で夕食を食べた後は、二人一緒にまた夜の風音神社に向かうことにした。


――夜の風音神社――

昨日、彼女と話したベンチに腰掛ける。


「今日は、本当に楽しい一日だったよ。一人旅で来たことを忘れるくらいに」


「私も、幽霊なのに彼氏ができると思いませんでした」


そう、彼女は言うが、僕だって幽霊に告白することになるとは思ってもいなかった。

あの瞬間までは……だが。


「白石さん。ここで残念かもしれないお知らせがあります」


彼女をよく見ると、出会った時よりも透けているように見える。


「私、消えちゃいそうな感じです。白石さんに告白されて、受け入れて、なんか満たされたんです」


彼女のその告白に、とても複雑な気持ちにさせられた。


「そう……か……。悲しいような、嬉しいような。ずっと一緒にいたいとも思うけど、満たされたならそれが一番だよ……」


「ごめんなさい。もし、生まれ変わって白石さんに会えたら、その時はよろしくね」


「わかった。できたばかりの彼女と死別するなんて思ってもみなかったよ」

精一杯の軽口をたたいてみたつもりだが、目からは涙がこぼれている。


「私、幽霊だから、最初から死別しているようなものじゃない」

軽口を返してくれた彼女も、泣いていた。


「僕さ。これからも毎年、必ず風音島に来るよ。たとえ君に二度と会えないとしても」


そんな僕の決意を最後に、彼女の姿は見えなくなってしまった。


昨日は二人で下った出会い坂を、一人で下る。

毎年ひとりで来ていた場所なのに、今は嫌に静かに感じる。


宿に戻ると、ベッドに倒れこんだ。

夕方に撮った写真を開く。

夕焼けの海岸が綺麗なのに、海面には誰もいない。

――それでも、確かに彼女はここにいた。

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