テオロギア 〜天穹を望む魔法使い《絶対者》と孤独を臨む蛇
カイタクン2号
第1話
「ついに完成したぞ!」
薄暗い部屋の中で長い髭を揺らしながら叫んだ。
小さい頃から魔法に心酔したせいか、周りと少し違い友と呼べる存在は居なかった。
物心ついた頃、世界は鍛冶屋に溢れ魔法よりも剣のブームが時代を彩り若者を虜にさせためである。
しかも剣は魔法より単純。
当時、魔法は杖を使わなければ効果を発揮出来なかった。
それに杖を作るには魔力を帯びた特殊な鉱石が必要であり、尚且つ使用者の資質が無ければタダの棒切れとなる事が多かった。
中でも魔王を打ち破った【ソードマスター】の影響は凄まじく同じ世代の子供は全員剣を握り、魔法が世に浸透する事は無かった。
それでも剣では無く魔法を選んだ理由は、この屍同然だった人生に命と意義を吹き込んでくれたから。
産声を上げた時から病弱な体質で本を読むしか出来ず、唯一の思い出は外で遊んでいる子供を儚い目で窓際から覗き見るだけ。
だが父親の書斎から盗んだ一冊の古い魔導書を読んだ時、その脆弱な身体と心は変化を魅せた。
何の変哲もない紙切れを頭で理解し呑み込んだ時、冷え切った身体に熱が周り濁っていた景色は色褪せた。
それ以降、周りの子供が剣技を磨く中ただ一人本を読み魔法を習得した。
勿論、才能もあったのだろう。
本来であれば十七歳で卒業する魔法学院を十三歳という若さで卒業し、三十歳で【賢者】の称号を獲得。
五十歳になる頃、世界に魔法を広めた功績が讃えられ【英傑】として本に記された。
まるで神が作ったレールを歩いているように苦悩のない人生。
そして百歳の歳月を迎えた今でも魔法に魅力され続け、人知れず研究室に籠っている。
杖が無ければ魔法は発動できない、そんな時代はもう終焉を迎える。
生涯を賭けて開発したこの方法であれば、杖が無くても発動できる。
その名も【サークル】、言うなれば体内の回路。
本来であれば杖の中にある筈の〈魔術回路〉を体内に再現し自分自身が杖になる事。
「コレがあれば… 世界の魔法を覆すことが出来るぞ!! 」
サークルはその枠に留まらず研鑽すればする程、使える魔法も変わる。
現在のサークルは【七サークル】と言った所だろう。
一〜三は一般人レベル、四〜五は高位魔法師、六〜七は人外の
サークルは序章に過ぎない、真の目的は未だ世界が到達してない十サークル《神の領域》に行くこと。
老いの問題は解決済み、人体に魔法をかければ肉体の老化は微量に遅れる。
しかも今や身体が杖なったも同然、この状態で逆行を付与すれば…。
「【天命に逆らうは不遜、崇敬を持って時流を招聘する】その名は…エル・ダビデ・リッチ! 」
その掛け声と共にヨボヨボですり減った身体が水を得た植物の様に潤い、髭は抜け落ち筋肉が膨らむ。
しかし顔は依然シワを残し、老人の面影は消えていない。
それだけでは無い、髪もモジャモジャとした白髪で変化していない。
唯一変化したところと言えば、以前より髪の輝きが増して白銀になっているようだった。
やはり時間を戻すのは容易ではないということなのだろう。
それとも魔法が上手く作動しなかったのか。
七サークルに到達しても尚、完璧に時間を戻す事は不可能なのか。
本当は二十代の凛々しい顔を期待していたんだが、何事も一筋縄にはいかない。
ひとまず身体が若返っただけでもマシと想うか。
それに今は無理でも、サークル《杖》を成長させれば解決できるかもしれない。
サークルの成長を胸に熱意を燃やしていたリッチだったが、その熱意を一蹴するように衝撃的な出来事が身の回りで起きる。
「一体! この揺れは?! 」
紙屑だらけの古臭い部屋が大きく揺れ、天井から砂利が降ってくる。
揺れに気を取られていると、あたりが光に包まれ彗星のような速さで景色が変わる。
その場所は真っ白く何も無い。
まるで生きてる心地がしないぐらい生命反応の無い空間。
幻の類いでは無い、膨大な魔力量と智力が無ければ不可能な技。
その未知の現象に興奮していると、目の前に白い人間の形をした謎の〈モノ〉が現れた。
白い空間に白い物体、顔には雲霧がかかり何も見えない。
その間違い探しの様な鬱陶しい風景に少し鬱憤を溜めたが、すぐ冷静になり目の前の現象を深掘りする。
だが分析するまでもなく長年の魔法使いとしての直感が働き、すぐ目の前の正体が分かった。
間違いない。
目の前に居るのは【神】だ。
そう確信し警戒していると、それを読み取ったように【神】が頭の中で喋り出す。
「ほうぉ ここに来た甲斐ありだな、
稀代の魔法使い…ヒル・ダビデ・リッチよ 」
白いモノは当人しか知り得ないであろう情報を最も簡単に呼んだ。
何故、本名を把握しているのか。
そんな疑問は神の前では全て無意味なのだろう。
人間で言うとウンコをした後のケツをティッシュで拭くぐらい、神にとっては当たり前で当然の事象。
神が直々に来るとは世界の規律を歪めた罰として殺しに来たのか、いやそうであればすぐに息の根を止められている。
すると心の中を覗くように神は応える。
「そう身構えるな、君には【絶対者】になってもらいたいんだ。そうだなぁ、まずは世界の成り立ちについて話そう 」
突然の出来事に唖然と立っていたが、神はそれを顧みず世界の成り立ちを赤裸々に語りだした。
まだ世界が存在してない頃、【設計者】と呼ばれる神が居た。
神とは人物や物体では無く概念そのもの、こうなりたいという全宇宙の意思。
神が世界を作ったのは気まぐれか、それとも意図的なのかどうかは知る由もない。
だが世界を作ったのは神でも、人間を作ったのは神ではない。
人間を作ったのは、その星の意思世界。
全宇宙の意思である神は、良い物も悪い物も際限なく創り上げてしまう。
神は負のエネルギーを善悪の区別なく星に混ぜては創り出し、【魔王】や【厄災】と呼ばれる特異点を数多の世界に遺してしまった。
そのエラーを排除・対処するべく、神は自ら自分の分身を生み出した。
それが目の前に立っている
しかし擬神は神に近い生き物だが、神ではなかった。
強大すぎる力を持つが故に直接世界に介入することは叶わず、厳しい制約に縛られている。
そのため擬神達は、自分達の代わりとしてエラーに対抗できる存在を作り上げた。
それが勇者や偉人として語り継がれる人物の正体である。
神は淡々と世界の全てを語った。
世界の秘密に高揚しながら耳を傾けていたが、ひとつ引っかかることがある。
もし勇者が人為的に作られていたなら、今ある人生は全て機械的な物だったのか。
心にある疑念に不安を感じると、神モドキはそれを見透かしたように答える。
「安心しなよ、君はイレギュラーだ。だから君を絶対者に任命しようとわざわざ〈他の連中〉を無視して来たんだよ 」
神の答えを聞いて、何故か安堵を覚えた。
別に他人に敷かれたレールだろうと関係ない、もしそうであるならば作り替えればいいだけである。
そうやって不安を感じた自分自身に弁明していたが、今熟考すべきは神モドキの提案。
神モドキの言う【絶対者】とは、おそらく神と擬神の関係に近いものなのだろう。
陳腐なネーミングだが、凄まじい力と権力を持っていることは間違いない。
直接、それも神に似た存在が出向いて提案する程の話なのだから。
絶対者とやらに成れば十サークル神の領域に到達し、悲願を叶えることはきっと容易いのだろう。
だがそれに意味は無い。
欲しいのは称号では無く、ひたすら魔法の高みを目指せる身体と探求心だけ。
だからこそ十サークルと言う魔法の頂点でり、最高峰である領域に恋焦がれている。
神モドキの提案に対し、少し異端的な考えを巡らせると頭の中で神が答える。
「絶対者は人間の枠を外れた存在。この世界に留めてはおけない、一度だけ世界のエラーを治して欲しい。 そしたら君に合った世界を見繕う 」
何か目論んでいるようだったが敵意は無い。
神モドキの言うことが事実であれば、今は従う他ないのだろう。
むしろ断ろうとすれば、目の前の物体は躊躇なく此方を潰してくるだろう。
感情は読み取れないが、その気迫だけは感じ取ることが出来る。
だがコレでは終わらせない、十サークルに到達すればこの状況は変革する。
自分に阻害魔法をかけ神に悟られぬよう、リッチは画策した。
そして新たな越えるべき目標を目の前に、興奮気味に心臓をバクバクさせながら神の提案に承諾する。
「もう少し喋りたいけど、そんな暇は無いみたいだ。もうすぐで【ヤツら】が介入してくる、幸運を祈るよ 」
【ヤツら】という意味不明な遺言を残し、姿を消した神モドキの姿は何処か焦っているようにも見えた。
それに解決するべきエラーの内容は、最後まで伏せられたまま。
だがその疑問を考える猶予も無く、空間は再び歪み出し見知らぬ景色が辺りを囲む。
それは洞窟のように薄暗く閉鎖的な空間で、ジメジメとした空気が漂いぴちゃぴちゃと水滴を垂らしている。
前方に光が差し込み出口が見えると、吸い込まれるように足が躍動し新しい世界に身を投じた。
目の前の景色は以前の世界と全く同じ、青い空に白い雲。
しかし空間に充満している魔素量は明らかに違う。
魔素量とは魔法を使役するときに発生する物質、要するに魔法が発展していることを意味する。
目前に広がる環境は十サークルに足を踏み入れる事を歓迎し催促していると、錯覚するぐらい無限の可能性と神話性を帯びていた。
そうして新しい門出に心を躍らせ草木を乗り越えると、深い森の向こうから魔法の詠唱が聞こえる。
「【雷鳴よ、彼方を貫け】
魔法の詠唱が森に響く。
テオロギア 〜天穹を望む魔法使い《絶対者》と孤独を臨む蛇 カイタクン2号 @ishiikantan2go
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