パスファインダー

イガゴヨウ

第一章 プロローグ

第1話

突然、蝉の声が鳴り響く。

その声に、はっとした俺は顔を上げた。


その瞬間、貫くような眩しさが視界を襲い、とっさに手をかざすと、ふいに辺りが陰った。

一片の雲が風に流され、太陽を遮ったのだ。


束の間の影と涼がホームを撫で、晩夏の気配だけを残して通り過ぎていく。


蒸し暑い夕方。

俺は定刻を過ぎた電車を待っていた。


視界の先には夕陽を受けて輝く高層ビル群が立ち並び、その足元には、長く伸びた影が交差している。


いつもの見慣れた光景——なのに、今日は遥か昔に見た記憶の断片と重なり、思わず息を呑む。


再び、都会の喧騒を縫うように蝉の声が響き渡った。

人工の森とも呼べるこの空間に、どこか不釣り合いな自然の鼓動。


ホームはオレンジ色に染まり、じっとしているだけで汗が滲んでくる。


ふと、無意識に右手の指輪をいじっていたことに気づき、視線を落とすと、急に琴遥の顔が脳裏に浮かんできた。

この癖を嫌う彼女の声が聞こえてきたような気がして、慌てて手を放す。


その時、小さな影が足元を駆け抜けていった。子供だ。


すぐ後を追うように母親の声が続き、それとともに潮の香りを含んだ冷たい風が通り抜けていく。

辺りには秋の訪れを告げる涼やかな気配が広がり、ホームの上を包んでいった。


ここは海に近い場所。都市と都市を繋ぐ空間移動ポータルが集中するエリア——そんな所にある駅。

「次層世界」と呼ばれる異世界を結ぶ船、次光船の港へ向かうポータルも、この駅のすぐ近くだ。


ほんの一時間前、俺はその次光船に乗って自分の世界へ帰ってきた。


二週間ぶりの故郷。


だが、戻ってみれば出発時と変わらない暑さが、旅の疲れをより一層重く感じさせる。


次第に家路を急ぐ思いが募る中、ホームに突風が吹きつけ、潮の香りがふたたび鼻先をかすめた。風の来た方を見ると、さっきの高層ビル群が視界に入る。


あの空を裂くようにそびえ立つ巨大な塔の群れ。あれらはすべて、海水を汲み上げやすいように、海沿いに建てられている。

遠く離れた都市へと続く無数のポータルが収められ、人や物が通るたびに凄まじい熱を発生させる。海から汲み上げられた水は、その熱を冷やすための冷却水だ。


相変わらず強烈な夕陽が駅舎全体を焼いていた。海風で一瞬だけ和らいだ暑さも、じりじりと戻ってくる。


その暑さを紛らわすように、ふと周囲を見渡すと、観光客や出張帰りのビジネスマン、そして俺の同業者と思しき人々の姿。


誰もが時計を気にし、ハンカチで汗を拭っていた。


ようやく、スピーカーからアナウンスが流れ、電車の接近を告げる音とともに、線路上に注意を促すホログラムが浮かび上がってくる。


視線を向けると、沈みゆく太陽を背に、電車がカーブを曲がって来るのが見えた。


俺は時間を確認し、ペットボトルから一口飲むと、足元の荷物に手を伸ばす。

その瞬間、蝉の声を掻き消すような誰かの叫び声が、ホームに響き渡った。


「人が落ちたぞ!」

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