第4話 廃病院の怪異

 ファミレスを出た後、てっきり家まで送ってくれるのかと思ったのだが、僕は高そうなホテルに連れてこられた。


「別にとって食いやしないよ。さぁついておいで」


 お姉さんに何かされるなんて思っていない。僕はホテルの外観にビビっているのだ。

 さっきのファミレスよりも敷居が高い。


「ま、待ってよ」


 お姉さんの後に続いてホテルに入る。

 お姉さんは相変わらずスタッフさんに尊大な態度でチェックインを済ませる。


「ほら。ここが今日の寝床だよ。とその前に」

「?」

「ぐへへ。ほらキッズ。その汚い服を脱いでしまおうね」

「え、えええ!?」


 僕はお姉さんに裸にされ、そのままお風呂に放り込まれた。僕の家とは違う、トイレと別々のお風呂。お姉さんに体中を隅々までゴシゴシ洗われてから、熱い湯船に浸かる。


「お湯のお風呂に入ったの……何年ぶりだろう」

「なんだい? シャワー派だったのかい?」

「ガス止まっててお湯出ないんです」

「フッ。一生分浸かっていきたまえキッズ」


 体だけでなく心も温まったような気がした僕は、お姉さんが買っておいてくれたという新しい服を着る。


「なんだか生まれ変わったみたい」


 ホテルのベッドは大きくてふかふかで、飛び込むとひんやりしていて。それがほかほかの体に丁度良く気持ちよかった。


「実際、生まれ変わったんだよ君は。これからはただの小学生じゃない。契約者として生きていくんだからね」

「けいやく……しゃ」


 いつの間にかお姉さんが僕の横に来ていて、胸をすっと撫でてくる。それがとっても心地よくて、なんだか懐かしい気がして。

 僕はあっという間に眠りに落ちたんだ。


 ***


 次の日。


 軽い朝食を済ませた僕たちは再び車で移動していた。

 今度こそ家に帰るのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「君はこれから、代々優秀な除霊師を排出している名家に住み込みで修行することになる」

「住み込み? 修行?」


 運転席のお姉さんは頷いた。


「契約者となって君が得た力は凄まじいものだ。それ故、君のその力を利用しようと悪い大人が近づいてくる可能性がある。要するに君が自衛できる年齢になるまで、然るべき場所で保護しようということだね」


 信号が青になり、車が動く。


「何より君はその強大な力をきちんとコントロールする術を知らなくてはならない」

「なるほど……」


 廃神社での戦いを思い出す。

 確かにあんな破壊力を持つ力をなんとなく使うのは危ない気がする。


「心配する必要はない。君が立派な除霊師になればすぐ自由になれるさ」

「でも学校のみんなとは……」

「お別れだね」


 柊さんたちともお別れか……。寂しいな。


「そうだ。お母さんは?」

「君のお母さんは行方が掴めていなくてね。霊害管理局が調査中だ」


 いつものように男の人のところに入り浸っているだけとは思うけど……そうか。公的機関からすると行方不明になるのか。なんだか恥ずかしいな……。


「なぁに。見つかったら事情を説明して合流してもらう予定だから心配はいらないよ」

「そうですか」


 あまり心配はしていないが、不安はある。お母さんはこの件についてなんて言うのだろう。


 その後、長いこと車に揺られて移動した。


「最近の若者はこういうのを聞くんだろう?」


 と流してくれた音楽は全然知らなかったけれど楽しかった。

 定期的にコンビニに寄っては休憩をして、お昼にはおにぎりを奢って貰った。

 パリっとした海苔がすごく美味しかったんだ。


 そして、一日車で移動してそろそろ日が暮れようかという頃。


「やっと到着だ!」


 僕らがやってきたのは廃墟だった。


「お姉さん……ここは?」

「昔病院だった建物だよ。平成中期に倒産して、それっきりの場所さ」

「いやそういうことではなく」


 え。僕がこれから暮らすのってここなの?


「ん? あはは。違う違う。君には今から、ここにいる怪異を除霊して欲しいんだよ」

「除霊?」


 僕の言葉にお姉さんは頷く。


 郊外の住宅地に存在する五階建ての廃病院。ここ最近、この近辺で子供の行方不明事件が多発しているらしい。

 世間では連続誘拐事件だのともっぱらの噂だが。


「もちろん実際は違う。この廃病院に巣くった怪異の仕業だ」

「その怪異を僕が?」

「不満かい?」


 不満はない。

 精霊と契約して契約者になるのは、そもそもこの世に溢れた霊や悪霊を除霊するためらしい。

 だからこそ、神霊と契約した僕にもその役目が与えられる。お姉さん曰わく、除霊を頑張れば沢山お金が貰えるから、美味しいものを沢山食べられるとのこと。


 それはとても嬉しいことだ。


 ただ。


「そんなに危険なら、霊害管理局の人たちでなんとかすればいいのでは?」

「それがそうもいかないのさ。怪異ってのは厄介でね」


 怪異。それは悪霊が進化した存在で、厄介な特殊能力を持っているという。


「この廃病院を根城にしている怪異は迷廻区めいかいく。その怪異特性は『来る者拒み、去る者許さず』。迷廻区の取り憑いたエリアは特定の条件を満たした人間しか入ることは許されない。今この廃病院は、大人を拒んでいる。入りたくても入れないんだよ」


 大人が入れない領域……そして僕が呼ばれた……ということは。


「つまり……子供にしか除霊できない怪異?」

「そういうことだ。君にして欲しいのは、この病院に巣くった迷廻区の除霊だよ」


 なるほど。僕に白羽の矢が立った理由がわかった。


「君がこれからお世話になる家は除霊師の名家中の名家。君を連れて行ったとて、受け入れてくれるかはわからない」

「え……?」


 話ついてないんですか?


「だからこそだよ。お邪魔する前に手柄の一つでも立てて、自らの有用性を証明したまえ」

「はい」


 僕は病院の入口を見る。薄暗く、奥が全く見えない。


「ふふ。怖いのかい?」

「いえ……僕のアパートよりは綺麗なので」

「あはは。そりゃ傑作だ。よしわかった。行ってこいキッズ……おっとその前にこれを」

「これは?」


 お姉さんが投げてきたものを受け取る。それは折りたたみ式のナイフのようだった。


「幽霊に武器は当たらないんじゃ」

「普通の武器ならね。ただそのナイフには対霊加工が施されている。活用してくれたまえ」


 ええと。よくわからないけれど、話の流れからして、霊にも当たるということでいいのだろうか。


「はい……それじゃあ、行ってきます」


 ずっと昔に壊れてしまったであろう、開きっぱなしの自動ドアから中に入る。


 一瞬、寒気。

 夏の蒸し暑さに汗ばんでいた身体が一瞬で冷えた。


 玄関ホールは暗く、天井の照明は全部割れていた。

 床に散らばったガラスに気を付けつつ、奥へと進む。


「ここは……」


 待合場所も兼ねていたのか、ずらりと並んだ椅子には何人かの幽霊が座っている。

 いくら待っていても呼ばれることはないというのに、幽霊たちはどこか不安そうな表情だった。


 一体……どれくらい長い時間、この人たちはここにいるのだろう。


『ケホッ……ケホッ……いつになったら呼ばれるのかしら……ケホッ……ケホッ……』


 僕は咳き込むおばあさんの幽霊の隣に座ると、そっと手を伸ばす。


 普段、幽霊には触れることはできない。

 でも意識を手に集中させることで、僕の手は青く光る。すごくお腹が空くから普段はやりたくないけれど、昨日今日はご飯を沢山食べたからへっちゃらだ。


 この青く手が光った状態なら、幽霊に触れることができるんだ。


「大丈夫ですか? 苦しくないですか?」


 そう言って、おばあさん幽霊の背中をさする。


『ああ……坊や、ありがとう。ありがとう。温かいねぇ』


 おばあさんの幽霊は何かに感謝するように涙を流した。


『いくら待っても全然呼ばれないのよこの病院……ケホ……嫌になっちゃうわ』

「そうですか……」


 それを聞いて僕は悲しくなった。

 呼ばれる訳はない。何故なら、ここにはお医者さんも看護師さんももういないのだから。


 おばあさんは、一体どこで亡くなったのだろう。どうしてずっと、ここで呼ばれるのを待っているのだろう。


 そんなことを考えてしまう。


『あ……ようやく呼ばれたわ』


 その時、おばあさんの幽霊の顔が明るくなる。


『もう行かなくちゃ。それじゃあね、坊や』

「は、はい……お大事に」

『ありがとう優しい坊や……』


 おばあさんの幽霊はにっこり笑うと、静かに消えていった。

 これは……成仏というやつだろうか? だとするなら、今ので除霊に成功した?


 わからない。でもあのおばあさん幽霊の苦しみから解放されたような顔を思い出すと……何故か僕が救われたような気分になったんだ。


「どうか安らかに……」


 なんとなく手を合わせてから、もう一度待合場所を見渡す。

 まだ大勢の霊がこの場所に捕らわれている。これが迷廻区という怪異の仕業なのか、それとも病院という場所故なのか判断はつかない。

 でも怪異を探す前にまず、この人たちを成仏させてあげよう。


 怪異退治は、その後からでも遅くはないはずだ。

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