第2話

 目の前のホテルは富と欲をそのまま体現したものだった。それらが積もりに積もってこんな高さまで到達したのだろう。そしてこの後も際限なく高くなり続けるだろう。

「今日も沙織ちゃんは綺麗だなあ、今日はつけずにヤっていい?」

「ダメよ。あんたのようなキモジジィとの子供を想像するだけで吐き気がしてくる」

「えへへぇ、もっと罵倒してぇ」

 目の前を制服姿の少女と犬顔負けの息をした犬顔のおっさんが腕を絡めて通りすぎて、ホテルに入っていった。下等生物を見ている気分になった。なにも考えずにホテルに金を落としていくホテルの家畜。理性と体が分断されている。これこそ社会の底辺に位置する敗北者。敗北者、敗北者、敗北者!土に還ってしまえ!

 自分と同じ年齢で自分よりも落ちぶれているのを見るのは久しぶりだった。そのおかげで今まで私になかった自信がみなぎってきた。

 あああ、私は人よりも上に立っている。春を買う?馬鹿な!お前達が買っているのはただの欲だ!抑える理性もないから買ってもらっているのだ。そんな下等生物と比べて私はどうだ?部下達の仕事をしているからこんな時間まで残っているのだよ。お前達は欲のためだけにこんな遅くまで残っているのだろう。これが格の違いだ。

「洋輔さん、どうしたの?怖い目をしている」

 そう言われた瞬間、私の中から自尊心がすっぽり抜け切った。こんな風に考えるのは人格者ではない。今まで私はどうして謙虚でいた?いようとした?善い人になるため、いや、自己暗示させるためではないのか?そうすることで自尊心を保っていたが、いま善い人にあるまじき思考をした。

 謙虚であれ、人の下に自分がいると考えよ。それによってのみ私は自尊心を保つことができるのだ。私は目じりをできるだけ下げて目の前で殺人鬼でも見たかのように震えている少女にこう弁明した。

「いや、少し疲れちゃってね。ごめんごめん」

「なーんだ、よかったぁ。食べられちゃうかと思ったよ」

 笑えない冗談だ。

「早く行こうよ。部屋埋まっちゃうよ」

 目の前の少女は私の腕を絡ませて私をホテルへと導いていった。


 エントランスについた瞬間私は無数の針で刺されたような気分になった。天井から偉そうに吊り下がっているシャンデリア。どしんと鎮座してる貫禄のある壺。そして私たちの顔とシャンデリアをくっきり映している大理石の床。

 これら全ては欲への投資によって成り立っているのだと思うと世の中の誰も信じられなくなり気がした。

 彼女は手慣れた様子で部屋を取り戻ってきた。

「私たちは408号室だよ。さあ、行こう」

 彼女の手の中で銀色の鍵がチリンチリンと音を立てていた。  

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