『幽霊です、紐なしバンジーします』

納豆パックの近縁種

ある配信サイトにて

一つの配信が起動する。

画面に映るのはあぐらをかくような形で宙に固定されているスーツの姿だった。

人の姿が見えない中、配信に音声が入る。


「あー、どうだ…?なんかキモいな…」


その声に呼応するかのようにスーツは動く。

しかし人の顔や手が存在するはずの位置には何もなく、服の裏地が見えていた。

配信を視聴する人はおらず、その違和感に対してコメントが流れることはない。

しばらくスーツが動き続ける様子だけが配信されていたが、それに耐えきれなくなったようにしゃがれた男性の声は話し始める。


「まぁ突然配信したってそう簡単に人は来ないよな~」


スーツはまるで中に人が居るかのように起き上がると、カメラの画角を目の前の机を移すよう変える。さらにその前に座すると机の下から紙やボールペンを取り出し、紙に何かを書き始める。


「…絵書いてりゃ誰か来るだろ」


ボールペンは踊るように紙の上を滑り、白紙に黒い線を刻みつける。

段々とイラストが完成していき、女性のキャラクターが浮き上がってくる。下手というわけでもないが、特段に上手いというわけでもない絵だ。

ボールペンを走らせる音だけが聞こえる中、静止していたコメント欄に文字が増える。


:なにこれ合成?


「おっ!きたか!」


ペンが止まり、カメラの角度が目の前の紙を映すためのものからスーツの姿を映すためのものに変わった。


:どういう状況なん、説明はよ


「任せろ、3秒で説明してやる。多分俺は幽霊になったみたいだ」


:は?嘘乙


「本当だって…ほら、透けてるだろ?」


スーツの袖が振られる。しかしその中に人の体があることは確認できない。


:確かに

:よっ

:幽霊がいるって聞いて来ました


段々と配信に人が増えてくる。その度に自身のことを幽霊だと名乗る男は、証明するかのようにスーツを動かして話を続ける。

初めはほんの数人だった視聴者数は加速度的に増え、今では数千人の規模に達していた。

とても早いスピードで流れるコメント欄は、ほとんど同じ内容で構成されていた。


:来ました

:幽霊どこですか?

:バズってるの見ました

:めっちゃ昼間に心霊現象起きてんじゃん

:来ました

:なんでスーツ浮いてるん?


「めっちゃ人きたし、ちょっと話するか!」


その男は嬉しそうに言うと、こうなるまでに至った経緯を話し始める。コメントの流れるスピードが少しだが遅くなった。


「朝起きたらこうなってたんだよ。顔洗おうと思って、鏡見たら今みたいに自分が映ってなかったんだよ。だから俺気づかない間に、死んで幽霊になったんじゃないかと思って」


:いや怖

:壁とか通り抜けたり出来んの?

:気づかない内に死んでたとかホラー

:ほんとか?それ以外の可能性もあるやろ

:エグい

:それでバズれるのうらやま


身振り手振りを交えて彼は話し続ける。だが見ることができるのはスーツが左右に動く様だけだった。


「いや、壁通ったりは出来ないな。でも幽霊になったなら、俺やりたいことが一つあったんだよ」


:じゃあ違うんじゃね?

:なんですか

:なんか思い込み激しそう

:はよ言えや

:新種の病気とかなんじゃないの?

:外で裸になるとか?


謎の溜めにコメント欄の勢いが加速する。

その中には男が本当に幽霊なのか疑うものもあったが、彼はそれらのコメントに一切触れることはなかった。


「実は……崖から紐なしバンジーをやってみたかったんだ!」


:どういう思考

:キモ

:いいやんやろうぜ

:これもし幽霊じゃなかったら…

:なんか薄いなぁ

:今からやんの?


良く分からない願望を吐露されたコメント欄は罵倒の言葉と乗り気の言葉に別れている。

男はそれを気にもとめることなく言った。


「明日近くの崖でやるわ。俺の家、結構田舎なんだよ。じゃあまたな」


:了解

:今からやれよ、おもんな

:明日また来るわ

:お前明日ってド平日だぞ、ニート乙

:さぁどうなるかなー

:明日かぁ、予定あんだよな


三者三様のコメント欄にかまうこと無く彼は配信を終了させる。

その後その動画は一夜にして数万回再生され一躍話題となった。



翌日、昼前時に彼の配信が再び始まった。

今回は開始してからすぐに、かなりの人数が視聴しに集まってきていた。

カメラを手で持っているようで、画面は少し揺れている。男は下半身しか映っておらず、それも靴の上でズボンが中に浮いている。

男は機嫌よさげに話を始める。


「よぉ!来たぜ、山!」


:待ってました

:なんか見たことあるかも

:リアル紐なしバンジーキター!!(・∀・)

:前座はいいから

:いけいけ!


「あ、特定すんのは止めてくれよ。つってももう死んでるけどな!」


カメラが崖下を覗き込む。断崖絶壁の岩場と落ちたら確実に命はないだろう砂利地が彼を見返した。寒々しい風が吹き抜けていく。

自分が無事に助かることを信じて疑わない男は安全柵を乗り越えて崖の傍に立つ。


「じゃあ早速いくぞぉ!せーのっ!」


:まって早い

:ヤバイトラウマが

:いいねぇ…!

:高い高い高い

:これもし死んだらどうなんの?

:いっけぇ!


彼は少し下がると勢いを付けて飛び降りた。

風切り音が配信を覆い尽くす。

男は何事かを叫んでいるようだが、まったく聞き取ることが出来ない。段々と落下する速度が上がり、みるみる内に地面が迫る。

そして――




――ナニカが潰れるような不快感を呼び込む音と共に、固いものがぶつけられて砕けるような音が鳴り響く。カメラは衝撃で何度も回転し、地面に叩きつけられたものの壊れてはいないようだ。ひび割れた画面に血に塗れて原形をとどめていないスーツのような物体とナニカが映り込む。液体が滴り落ちるような音だけが配信に乗っていた。


それ以外の音が聞こえることはなかった。

突如として配信が終了する。カメラが限界を迎えたのか、それとも。


その配信は凄惨な映像として削除された。

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