無能と追放された陰陽師の俺が、古代神族の力で成り上がる

@t2t2ta

第1話 無能の烙印

秋の終わりの夕暮れ時。

天御柱神社の本殿に、冷たい空気が満ちていた。

「貴様に、もはや我が一族に居場所はない」

千年の歴史を誇る陰陽師の名門、天御柱家。その当主である天御柱厳峰の声は、石畳に反響して消えていった。

本殿の中央に膝をつく青年――天御柱蒼真は、二十歳とは思えないほど落ち着いた表情で、父を見上げていた。

「父上の仰せのままに」

「……」

厳峰の眉がわずかに動く。もっと取り乱すかと思っていたのだろうか。だが蒼真は、どこか諦めたような、それでいて透明な瞳で父を見つめていた。

本殿の左右には、一族の者たちが居並んでいる。

右側の最前列には、蒼真の弟である天御柱凛太郎が立っていた。十七歳の少年は、抑えきれない優越感を隠そうともせず、兄を見下ろしている。

「兄上。これも運命です」

凛太郎の声には、同情の欠片もない。

「お前には霊力がない。式神との契約もできない。三年前の『神喰い』討伐では、仲間を三人も死なせた」

蒼真は何も答えない。

それは事実だった。

大和神州において、陰陽師とは神々と契約し、式神を使役して人々を守る存在だ。妖怪を祓い、神喰いを討ち、この世の理を保つ。

だが蒼真には、その力がなかった。

十歳で行われる「初契の儀」で、蒼真は何とも契約できなかった。

十五歳の「二度目の儀」でも、結果は同じ。

そして二十歳を迎えた今年、最後の機会である「三度目の儀」でも――何も起きなかった。

「測定不能」

それが蒼真の霊力測定の結果だった。

霊力がゼロなのか、それとも測定器が壊れているのか。だが十回測定しても、結果は同じ。天御柱家始まって以来の、完全なる無能。

「三年前のことは……俺の責任です」

蒼真は静かに言った。

あの日のことは、今でも夢に見る。

西の国境付近に現れた神喰い。蒼真は先輩の陰陽師三人と共に討伐に向かった。だが蒼真は何もできなかった。式神を呼べず、妖術も使えず、ただ見ているしかなかった。

三人の先輩は、蒼真を庇って死んだ。

「責任、か」

厳峰の声が、一層冷たくなる。

「責任を取れるというのなら、自ら腹を切るか?」

「父上!」

左側の最前列から、少女の声が上がった。蒼真の妹、天御柱雪乃だ。十六歳の少女は、涙をこらえながら父を睨んでいた。

「兄上は何も悪くありません! あの時、兄上だって必死に……」

「黙れ、雪乃」

厳峰の一言で、雪乃は口を噤む。

「蒼真。貴様に二つの選択を与えよう」

厳峰は懐から、一通の巻物を取り出した。

「一つ。ここで腹を切り、天御柱の名誉のために死ね」

蒼真の表情は変わらない。

「二つ。明日の夜明けまでにこの地を去り、二度と天御柱を名乗るな。どちらを選ぶ?」

沈黙が流れる。

本殿に集まった一族の者たちは、固唾を呑んで蒼真を見つめていた。ある者は同情の眼差しで、ある者は軽蔑の視線で、ある者は無関心に。

「……後者を」

蒼真は静かに答えた。

「選びます」

「そうか」

厳峰は巻物を床に投げた。それは蒼真の目の前で転がり、止まる。

「では、これを読み上げろ」

蒼真は巻物を拾い上げ、開いた。

そこには、一族から離脱する者が読む「離脱の誓詞」が記されていた。

「我、天御柱蒼真は――」

蒼真の声が、本殿に響く。

「本日をもって、天御柱の家を離れ、二度とその名を名乗らぬことを誓います」

「我が血脈、我が霊力、我が契約、全てを天御柱家に返還し――」

「ただ一人の人間として、この世を生きることを誓います」

巻物を読み終えると、蒼真はそれを父の前に置いた。

「……承知いたしました」

蒼真は立ち上がり、深く一礼した。

そして、誰も止めぬまま、本殿を後にする。

その背中を、雪乃は涙で見送った。凛太郎は満足げに微笑んだ。

そして厳峰は――

わずかに、目を伏せた。

「……すまぬ、蒼真」

その呟きは、誰の耳にも届かなかった。

蒼真が本殿の外に出ると、秋の夜風が頬を撫でた。

空には満月が浮かび、神社の境内を青白く照らしている。

「兄上……」

小さな影が、石段の陰から現れた。雪乃だ。

「追ってくるな。お前まで」

「これを」

雪乃は懐から、小さな守り袋を取り出した。藍色の布で作られた、見覚えのあるもの。

「母上の、形見……」

「兄上が持っていてください。母上も、きっとそれを望んでいます」

蒼真は黙って受け取った。母は蒼真が十歳の時に亡くなった。病だったと聞いている。

「ありがとう、雪乃」

「兄上」

雪乃は蒼真の袖を掴んだ。

「兄上は、何も悪くありません。私は知っています。兄上にはきっと、誰にも分からない力があるんです」

「……そうだといいんだがな」

蒼真は苦笑した。

優しい妹の、優しい嘘だ。自分に力がないことは、誰よりも自分が分かっている。

「達者でな」

「兄上も……」

雪乃の声が震える。

「必ず、生きて……」

「ああ。約束する」

蒼真は妹の頭を撫で、そして歩き出した。

振り返らない。振り返れば、決意が揺らぐ。

境内の大鳥居をくぐる時、蒼真は一度だけ、神社を振り返った。

生まれ育った場所。厳しくも温かかった日々。そして、自分が守れなかった仲間たちの思い出。

「……さらばだ」

蒼真は闇の中へと消えていった。

その右手の甲には、生まれた時からあるという、奇妙な痣があった。

まるで古代文字のような、複雑な模様。

それが――

微かに、光っていた。

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