少しずつ
翌日、放課後の教室。
光一は、机に向かって淡々とノートを取っている。
直人はその隣に座り、軽くペンを回しながら声をかける。
「光一、昨日のこと、覚えてるか?」
「……覚えている」
声は平坦で、感情は感じられない。
直人は心の中で少し苦笑する。
——相変わらず、だな。
その時、廊下からひなたの声が聞こえた。
「光一くん!」
光一は顔を上げ、無表情で振り返る。
ひなたは少し息を切らせながら、教室の入り口に立っていた。
「昨日はありがとうございました……」
小さな声。
でも、その決意がひなたの目に映る。
光一は、ただひなたを見つめる。
無表情のまま、だが少しだけ視線が強くなった気がする。
直人はその瞬間、光一の肩に軽く手を置く。
「さあ、ちゃんと応えろ」
——無言の指示。
光一は小さく息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
その動作だけで、ひなたは胸がいっぱいになる。
「……こちらこそ、ありがとう」
光一の声は淡白だが、わずかに温度を帯びていた。
ひなたは、耳を疑った。
——確かに、彼が私に返事をした。
直人は微笑みながら、二人の間に距離を少しだけ置く。
——これが、俺の仕事だ。
ひなたは小さくうなずき、再び前を向く。
——怖くても、諦めない。
——少しずつでいい、光一くんに想いを伝えるんだから。
光一は無表情を崩さず、しかし心の奥で、初めて自分の世界の外にある温度を感じた気がした。
夕陽が教室の床に長い影を落とす中、三人の距離は、ほんの少し縮まった。
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