第4話 初勝利と妖精ポイント

アンヴァーの巨大な死骸は、端からサラサラと光の粒子へと変わり始めた。  魔物が討伐された際に見られる特有の現象だ。巨大な質量はあっという間に大気中へと溶け、跡形もなく消え去った。


「ひやっはあぁぁぁぁぁ!!」


 アンヴァーが消えた跡地で、奇声が上がった。  キノコの妖精チーポだ。彼は勝利の興奮と、何より目の前に転がり込んだ報酬への欲望で、異様なテンションになっていた。


「高妖精ポイントげっとやぁぁぁぁぁぁぁ!!! 涎が止まらん!! これだけありゃあ豪遊できるでぇ!!」

「……おい」


欲望にまみれて踊り狂うチーポの首根っこを、才牙がガシッと掴む。 その顔は、怒りで赤くなり、体は震えていた。


「てめぇ! わかってんだろうな!? さっさと戻せよ!!」

「ひえっ!? わ、わかっとる! わかっとるから揺らすな!」


 世界を救った感慨など、欠片もない。あるのは「元の姿に戻る」という、極めて個人的かつ切実な目的のみ。才牙はチーポを小脇に抱えると、周囲の目を一切気にせず、魔法少女の姿のままその場から脱兎のごとく走り去った。

* * *

 激しい戦闘の跡だけが残された街中で。 辛くも助かった親子は、その光景を呆然と見上げていた。


「あ……」


 母親は、目の前で繰り広げられた常識外の暴力と、結末に言葉を失っている。 しかし、幼い娘は違った。

 瓦礫の山から顔を出し、キラキラと輝く瞳で、遠ざかっていく銀色の背中を見つめる。  強くて、乱暴で、でも誰よりも頼もしかった、あの姿を。


「……おねえちゃん、かっこいい」


 そのつぶやきは、風に乗って消えた。

* * *

 それから数十分後。ようやく現場へと、政府直属の組織【魔法科(マジック・ディヴィジョン)】に所属する正規の魔法少女と、その契約妖精が到着した。


「……遅かったか」


 現場に残されていたのは、アンヴァーの出現によって破壊された家屋と、怪物が撃破されたことを示す、残存魔力反応のみだった。


「アンヴァーは既に撃破されてる? 【ノーマッド】が居たの?」


正規の魔法少女の一人が、複雑な表情で周辺を見回す。 本来なら自分たちがやるべき仕事を、違法魔法少女に先を越されたのだ。彼女の表情は曇る。

だが、肩に乗っていた契約妖精は、安堵のため息をついた。


「ま、とりあえず柊(ひいらぎ)に報告しましょ! これなら始末書も軽くて済むわ。被害が少なくて良かったわね!」

「……ええ。本当にそうね。それにしても……」


 魔法少女は、改めて周囲を見渡し、眉をひそめた。

アンヴァーが出現したにしては、その被害状況があまりにも不可解だったからだ。


「あまりにも被害が無さすぎる……どういうこと?」


 彼女の疑問はもっともだった。  通常、市街地で魔法少女とアンヴァーの戦闘になれば、街は半壊するのが常識だ。 怪物が放つ破壊ビームの流れ弾、そして魔法少女側が撃つ迎撃魔法の余波。勝っても負けても、周囲は更地になるのが「普通」だった。

 だが、この現場は異常だ。破壊の痕跡は、アンヴァーが出現時に潰した家屋と、吹き飛ばされた時に激突した箇所に限定されている。熱線による溶解も、魔法弾による爆発痕も見当たらない。

「反応はB級だった、あんな巨体が暴れたはずなのに、被害が広がっていない」


 無傷のアスファルト。原型を留めた街並み。それは、既存の魔法少女の常識ではあり得ない、完璧すぎる勝利の跡だった。


「……一体、誰が戦ったの?」


 正規の魔法少女が抱いた疑惑と戦慄。  それが正解へと辿り着くのは、まだ少し先の話である。

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