アンダー・ザ・グラウンド

文乃絢千

1.現実逃避

 二五六一年、十一月。日本に冬が訪れようとしていた。東京の三軒茶屋にある丸川総合商社、総務部。佐藤洋一(さとうよういち)はうだつの上がらないサラリーマンだ。年齢は四十五歳、独身の彼は上司から「禿げいち」と呼ばれている。無論、頭が禿げているからだ。


「禿げいち」佐々木部長が佐藤を呼んだ。


「ちょっと、いいか」


「早期退職の件だ。もう決まったか」


「先週の話じゃないですか」


「お前な、退職金に上乗せで二千五百万円だぞ。悪い話じゃないだろう」


「はっきり言って、このまま会社に居てもお前の居場所は無いぞ」


「もう少し時間が欲しいです」


「なるべく早めに辞めろよ。来年の三月までだぞ」そう言いながら佐々木部長は部屋を出て行った。


「また、いちさんを虐めてる」新入社員の鈴木絵里が佐藤に話しかけた。


「気にしないで下さいよ。いちさん」絵里が話した。


「ありがとう。絵里ちゃん。でも会社は辞めないといけないだろうな」


「いちさんは丁寧な仕事をするのに。部長はなんで突っかかってくるんですか」


「俺の事が気に食わないのさ、ただそれだけだよ」佐藤はため息を付いた。


 定時になると佐藤は真っ直ぐに自宅のアパートへ帰宅した。冷蔵庫からビールを取り出すと、それを一気に飲み干した。「現実逃避だな」そう呟くと頭に【ネオ・スチーム・ブイアール】を装着し、ゲームを起動させた。


【アンダー・ザ・グラウンド】世界中で一千二百万人のプレイヤーがいる大人気オンラインゲーム。佐藤は三年前からこのゲームをプレイしている。


 佐藤が立ち上げたギルド【バトル・オブ・ザ・フロッグス】は六つの領地を持つ。国内ギルドランキング第三位の中型ギルドだ。総勢百五十名。その中で佐藤は「ししゃも」と名乗っている。ゲームにログインするとサブリーダーの燕ちゃんがギルドルームで読書をしていた。


「隊長、お疲れ様です」


「やぁ、燕ちゃん。お疲れ様」


「なんだか元気が無いですね」


「今日は会社で嫌なことがあってさ、意気消沈してる」


「愚痴なら聞きますよ」


「いや、大丈夫だよ。そう言って貰えるだけで元気が出る」


「そうですか、ところで明後日のギルド戦はどうするんですか」


「明後日はザ・ダークネスさんと共闘することになっている」


「隊長はどうやってザ・ダークネスさんと知り合いになったんですか、国内ギルドランキング第一位のチームですよ」


「昔、リーダーのするめいかさんと決闘をしていたんだよ。毎日」


「ひよこ団のめいめいさんも参加していたよ」


「ひよこ団は国内ギルドランキング第二位のチームですよね。今、戦っている相手じゃないですか」


「そうだね、人を集めるのが上手いよね。めいめいさん」


「隊長は知り合いが多いんですね」


「ゲーム初期からプレイしているからね。古参は嫌でも知り合いだよ」


「どもっす」新人のうすしおさんがギルドルームにログインした。


「隊長のカエル頭はどうやって手に入れたんですか。俺も欲しいんですけど」


「これね、アバターガチャだよ。初期のガチャだからオークションでしか手に入らないよ」


「ゲームマネーが無いっす」うすしおさんが肩を落とした。


「ギルド戦に参加してくれれば報酬を渡すから参加してね」燕ちゃんが話した。


「本当っすか、それは有難いっす。レベルを上げて来ます」そう言いながらうすしおさんはギルドルームを出て行った。


「オークションでカエル頭を買い占めてみんなでカエル頭にしようか」


「嫌です」燕ちゃんが即答した。


「燕ちゃんはゴスロリだもんね」


「お疲れ様、ししゃもさん」岳ちゃんがギルドルームにログインした。


「おぉ、岳ちゃん。後で話を聞いてよ」岳ちゃんは一緒にこのゲームを遊んでいる現実世界の友達だ。年齢は四十四歳、仕事は内装業の社長をしている。


「何かあったの」


「仕事の話だよ。後で話すよ」


「岳さん、こんばんは」燕ちゃんが本棚を片づけていた。


「燕ちゃん、お疲れ様。明後日のギルド戦はどうなるの」岳ちゃんが尋ねた。


「今週はザ・ダークネスさんと共闘しますよ」


「成程、了解。ししゃもさんはまた後で」そう言うとギルドルームを出て行った。


「また死者の塔ですかね」燕ちゃんは本をパラパラと眺めている。


「ネクロマンサーだから死体を集めないとね」ししゃもは椅子に座って寛いでいた。


「あそこの塔はレアモンスターが出る事もあるから、一石二鳥だよ」


「岳さんは計算高いですね」


「まぁ、社長だからね。合理的というか、何というか」


「ところで燕ちゃん、今、何人くらい居るの」


「十六名ですね。まだ十八時ですから、二十一時頃に沢山集まりますよ」


「後でレイド戦をやろう。虹の鍵を使う」


「良いですね、虹の鍵はランダム召喚ですよね」


「何が出て来るか分からないから楽しいよ。臨機応変に行こう」


「そう言えば新しい人がギルドに面接に来るんですが」燕ちゃんも椅子に座って寛いでいた。


「そろそろ、来る頃だと思います」そう燕ちゃんが話すとギルドルームの扉が開いた。


「すみません、ギルドの面接に来たのですが」お姫様の恰好をした女の子が扉の前に立っていた。


「バトル・オブ・ザ・フロッグスにようこそ」ししゃもが立ち上がった。


「カエル頭なんですね、初めて見ました。リーダーの方ですか」


「リーダーのししゃもと言います。よろしくね」


「サブリーダーの燕と申します」


「緑川(みどりかわ)と申します。よろしくお願いします。レベルは六十です」緑川さんはお辞儀をした。


「入団、許可するよ。問題は無さそうだ」そう言いながらししゃもは入団の手続きをした。


 三人でギルドの話をしていると、突然、辺り一面に警告の表示が現れた。鳴り響くサイレンの音、三人は顔を見合わせながら戸惑っていた。「何が起きているんだ」「システムエラーか」「分かりません」「何でしょうこれ」「初めてだな」地面が大きく揺れ動いた。ししゃもは手で壁を押さえていた。他の二人も壁を押さえている。揺れは更に大きくなった。すると、画面が突然眩しくなった。光が、とても眩しい光が世界をホワイトアウトで飲み込んでいった。三人は気を失った。

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