追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─
石田空
クビになって見合いする
「ミーナ今までありがとう、新しい聖女が決まったんだよ」
神官長さんに言われて、私は思わず「なんでちと」と口走っていた。
周りは心底気の毒な顔で私を見つめていた。
****
かつて空はドラゴンが、地上は魔族が跋扈し、人々の安全を脅かしていた。
その中、土地を失ってしまった一般人や、魔族に占領されてしまった領地の貴族令嬢の避難先として受け入れられていたのが神殿だった。
神殿には様々な加護を与える祝福を持つ聖女がいて、以降彼女を見習うようにと、貴族令嬢は聖地巡礼として一定期間神殿での行儀見習いが行われるようになったけれど。
平和になった途端、信仰心はすっかりと形骸化し、神殿だって利権化が進んでしまった。
私、ミーナが聖女をやっていたのはなんてことはない。
平和だと、あちこちに祝福を与えて回り、生まれた子供に加護を与えるような役割を持つ役割、魔力の強い貴族たちは「なんでそんな無銭でやらなきゃいけないんだ」とボイコットするようになってしまったため、特に後ろ盾もなくて、働き先も神殿以外になかった一般人から聖女が探されるようになってしまったからだ。
私も元々はただの一般人であり、神殿にいたのは他でもない。家族が多過ぎる実家にずっといる訳にもいかなく、だからと言って働き先がなかったから、ここで洗濯婦として仕事をしていたら、「あんた思ってるより魔力あるから聖女やれ」と言われて、そのまま連行されてしまったからだ。
こうして私は、なけなしのお金と引き換えに、祝福、加護、祝福加護、祈祷の生活を送るようになったのだった。
そして今、私のなけなしのお金の得られる仕事が奪われようとしている。
ちなみに貴族令嬢が喜んで聖女をやってくれる理由がひとつだけある。
いいところに結婚するための箔付けだ。一年適当に聖女ごっこして箔を付けたら、そのまま結婚していくのだ。
貴族令嬢は聖女を務めたというブランドを手に入れられ、見合い相手は聖女を妻に迎えられたというステータスを手に入れられる。まさしくWINWIN。
ほんっとうにクソッたれだなあ!?
でもなあ! それが田舎貴族だったら、私も泣いてごねて今までの成果をアピールしたらなんとかなったかもしれないけど、相手は公爵令嬢だった。いくら聖女だからと言っても聖女の座を剥奪されたあとだったら簡単に首と胴が泣き別れしてもおかしくない身分の相手だった。
そんな人がステータス手に入れる必要なくない??
「私、他に行くところがないんですけど!? お仕事ないんですか!? 実家にも帰れませんし! ほんっとうに困るんですけど!」
六人兄妹の四番目。実家に帰っても行くところない。
既に一番上の兄ちゃんが結婚して畑やってるのに、今更妹帰ってきたところでお嫁さんと揉めるのが目に見えている。だからと言って豪農でもない農家の四番目が聖女やってたからというステータスで嫁入りなんてしようものなら。
加護。加護。加護。祝福。加護。祈祷。祝福……。
……嫁ぎ先で肥料としてこき使われて、祈祷死なんて魔力枯渇理由ナンバーワンの死因で死にかねない。そんなのこちらも困る。
それに神官長様は「そうですね」と唸った。
「実は聖女様のお見合いの打診がいくつか来ているのですが」
「農家は嫌です! 魔法を生業にしている家も嫌です!」
「たしかに加護を膨大に行使しようとするような家系はミーナも嫌でしょうね。実は侯爵家から来ているんですよ」
それならば。領地経営して頑張っているような侯爵家ならば、さすがに私に祈祷死させようなんてしないはず。
「なら行きます! 行かせてください! ああ、見合いの服なんて持ってませんけど……」
「それは普通に神官装束でよろしいでしょ。それでは予定を決めますから」
「はいっ!」
私はその人に会う段取りを決めたのち、いそいそと服を見繕いに出かけた。
貴族令嬢なら、神殿で見合いをするにしてもドレスの一枚や二枚持ってきているだろうけれど、一般庶民は着の身着のままで洗濯しに神殿に入ったんだから、そんなもの持っている訳ない。神官装束の中でもトゥニカのような黒いワンピースを選んだ。
普段はベールで隠している赤い癖毛をブラシで一生懸命とく。背中まで伸びた癖毛もまあまあチャームポイントになるだろう。
あと、折角来てくださるんだからと、お茶菓子を用意することにした。
神殿にいたら、加護、祈祷、祝福、祈祷、加護の日々で、本当に魔力が消耗する。その中で唯一の楽しみがお茶の時間だった。
神殿の中庭ではブドウが植えられていて、それでワインをつくっている。ワインをつくるときに卵白を使うのだけれど、そこで卵黄が残ってしまうのだから、もったいないからお菓子をつくろうと、卵黄を使ったお菓子もいろいろつくるようになり、お茶菓子として出されている。
そういえば。当日は卵黄を使ったケーキを焼いて、孤児院に配る予定だった。ついでにひと切れ見合い相手にいただこうか。
その人とお菓子を食べてお茶を飲みながらお話をすれば、悪いことにはならないだろう。
そのときの私は脳天気にそう思っていたんだ。
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