最強呪術師 役小角は流刑場から生まれ変わりを体験する ~魔術士主流の世界で呪術師が意外と重宝される。と、いう話さ~

ブラック企業幹部ちゃん

第1話 役小角の生涯



 ――絶望。



 そう、彼は絶望していたのだ。

 この世のすべてに。

 この世の理に。


 己の信じたものは何だったのか?

 何のため呪術の修行に励み、朝廷に仕えていたのだろうか?

 その自問自答を繰り返していた。


 数々の妖を葬って来た。

 そして多くの人々を救ってきたという自負もあった。


 しかしその結果がこれだった。



 流刑――。

 伊豆への島流しだ。


 

 信用していた仲間や弟子たちの多くは彼を裏切った。

 そうしなければ自分たちが処刑にされるという恐れがあったのも事実だろう。

 

 だから裏切り者たちのことはどうでもよかった。

 彼は彼を最後まで信じ、処刑されていった者たちのことを想うといつも胸を痛めてしまうのだ。


 私を心から信じて付いて来てくれた者達を守ってやれなかった。

 私を信じて付いて来なければ、まっとうな生涯を迎えられたかもしれない。

 

 彼の心の中では、そのことばかりを繰り返えして考えてしまうのだった。


 

 彼がその気になれば、報復することなど造作もないことだ。

 しかし、報復すると報復で返され、迷惑をこうむるのは彼ではなく彼の近くに居る者だ。

 それに今や、誰が見方で誰が敵かもわからなくなった。

 

 そう考えると、この流刑から抗う気すら起こらなくなっていた。


 

 もういい。

 疲れた。



 裏切りと孤独。

 それはこんなにも寂しく惨めで、生きる気力すら奪ってしまうものだったのかと70歳を超えて学ぶことになった。

 その学びにより、このどうしようもない世界に未練すらなくしてしまったのだ。

 


 ――――――



 朝廷に謀反を起こす計画を企てていると怪しまれた 呪術師の役小角えんの おづぬ


 彼の操る類稀な呪術は天皇や朝廷からの注目を浴び、この国の政にも参画するほどになっていた。

 また巷を恐怖に陥れる妖どもと、まともに対峙できる数少ない貴重な存在でもあり、町民からの指示も大きかった。

 

 もちろん呪術師は役小角以外にもいるのだが、彼が他の呪術師と違う点が2つあった。


 まず、前鬼と後鬼と呼ばれる2匹の鬼を従えていること。

 それと朝廷より国に仇をなす神と認定された一言主神ひとことぬしのかみの退治を命ぜられた際、一言主神を己の体内に封印し神の力を使えるようになったということだろう。


 一言主神を封印した際には、役小角の呪力は神をも凌駕したと噂が広がり、最強の呪術師としての名声を一身に受けることとなった。


 2匹の鬼を自在に操り、神の力を使う役小角。

 彼が周囲から神格化され、天皇や朝廷よりも人々から注目を浴び始めるのは当然のことだった。

 


 ――――――

 


 役小角は困っている者には無報酬で手を差し伸べた。

 

 病気の為の祈祷。

 妖退治。

 吉凶の占い。


 すべての人を平等に扱う人柄に多くの信者が集まり、多くの者が彼に教えを乞うた。

 

 しかし、それを良しとしない者達が朝廷には大勢いた。

 彼らは天皇以外の神格化など許さない。

 そのため、あれほど朝廷に尽くしてきた役小角を反逆者、謀反を企てている者と流布し失脚に追いやろうとしたのだ。


 

 正攻法で追い込んでも役小角には勝てない。

 彼には前鬼、後鬼という護衛がいる。

 そして発した言葉が現実となって起こり得る、呪言の術に似た一言主神の力がある。

 まともにやり合っても歯が立たぬことは承知の上だった。

 

 朝廷は前もって、彼の友人や信者の中に刺客を仕込んでおき、役小角の大切な者を人質として盾にした。

 そして抵抗のできなくなった役小角を捉え、島流の刑に処したのだ。

 

 死刑にしなかった理由は役小角を殺した際、彼の操る前鬼、後鬼と一言主神の解放を恐れた為にある。

 人の手に負えない鬼と神、そのふたつが万が一にも暴れ出すようなことがれば、日本はとんでもないことになると考えたためだ。



 ――――――



 役小角は信用してきた者や守ってきた者達からの裏切りに絶望し、流刑後は抗うことなく死を受け入れた。


 伊豆島にて、役小角は人生を全うしたのだ。

 彼のすべてが無となった――。


 

 

 しかし、時間の流れがどれだけ進んだのかわからない中、突然にして彼の自我が目を覚ますことになる。

 死んだはずの彼が、息を吹き返すことになったのだ。

 

 それは誰かの名前を何度も叫び続ける男女の声を聞いたことで目を覚ましてしまう。

 役小角がうっすらと目を開けば、見たこともない髪の色と目の色をした男女が、彼の顔を見ながら号泣していた。


 

 「目を覚ましてくれ! ロッキ!」

 

 「お願い、神様……ロッキを連れて行かないで」

 

 

 視界が開けてくると、周りの状況がハッキリと見えてきた。

 小角は古屋の様な建物の中にいるようだった。

 そこで彼はその男女に泣き付かれている。

 

 

 誰だろう?

 私の信者か?

 


 ボーッとする意識の中、身体がまったく動かないことに気が付いた。

 全身が傷だらけで激しい痛みを感じる。



 「ギルドから誰も魔法使いを派遣してくれないのか?」


 「みんな依頼に出払ってるからいないって……」


 「ちきしょう! 俺に魔法が使えればよぉ!」


 

 役小角は冷静に考えを巡らせた。

 

 自分には死んだ記憶がなんとなくある……、にも関わらず生きている。

 全身が痛くて身体が動かせない。

 そして出会った記憶もない男女が目の前で号泣している。


 彼は1つひとつ、この謎を解こうと考えを巡らせた。

 

 

 「……」

 


 しかし、さっぱりわからなかった。

 ただ、意識が戻ったことだけは確かだとわかった。

 

 彼は島流しの刑にあって死のうと思っていたところ、この見覚えのない男女に救われた。

 役小角は、その男女を自身の信者なのだと思い、信者がこの離島まで助けに来てくれたのだと理解した。

 

 そう思うと、絶望していた役小角の心に嬉しさと喜びが駆け巡り出した。

 一度は死を受け入れたはずなのに、生きたいと思い直したのだ。


 まずこの身体の痛みを治す。

 そして起き上がり次第、この島から彼らと共に脱出すれば良いのだと考えた。

 

 彼は一言主神の力を発動させて己の傷を癒す。



 ――⦅身体の傷よ、癒えろ⦆――。



 すると瞬く間に傷は回復し、彼は起き上がることができた。

 そして男女に声を掛けた。


 

 「心配をかけました。助けに来てくれてありがとう」


 

 ふたりの男女は小角の姿を見るなり絶叫する。



 「ロッ、ロッキ! どうして!? 」


 「死んだと思っていたのにロッキ! あぁ神様! ありがとうございます!」


 

 彼はロッキという言葉が気になった。

 ロッキという言葉が自分自身に向けられている気がしたからだ。


 その男女は彼に飛びついた。

 そして力いっぱい抱きしめた。


 小角は状況が把握できず、ふたりに問う。



 「その……さっきから申しているロッキとはなんなのです?」



 その質問が聞こえないくらいふたりは喜んでいる。

 困り果てた彼は、ふと部屋の片隅に立て掛けられている鏡に目が行った。


 

 「……これは一体?」


 

 小角が映るはずの鏡に、男の子が映っているのだ。

 そしてその男の子に男女が抱きついている姿が映っている。



 小角は現状を把握しようと考えを巡らせた。



 「……」

 

 

 しかし、やっぱりさっぱりわからなかった。

 


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