第3話 そして、昼休み――屋上で待ち合わせる。

 そして、昼休み――屋上で待ち合わせる。


 オレが到着した時には、彼女はもうそこにいた。

「あのう、遠藤さん?」

 そう声をかけると、ハッとした表情で振り向いた。


西郡にしごおりくん、本当に来てくれたんだ」

 そのはにかんだ笑顔に、心臓が張り裂けそうになる。

 何か言い返さないと――そう思うのだが、「う、うん」と生返事がやっとだった。


(ヤベェ、マジでカワイイ――)

 ボブカットの亜麻色の髪が風になびくのを、右手でそっと押さえながら、彼女が近づいてくる。

「その……ゴメンナサイ!」

 いきなり頭を下げられた。


「昨日――お礼も言わずに……」


 ああ、あのことか――


「ううん。まあ、ちょっとビックリしたけど」と自分の頭を掻いた。


「ヘンな女だと思ったでしょ?」

「――えっ?」

「いきなり、泣き出してそのまま店を出ていっちゃうなんて――とっても失礼だよね?」

「いや、そんな……」


 どう応えていいのやら――悩んでしまう。


「あの財布、お兄ちゃんがくれたモノなの」

「そう、なんだ……」

 さっきから、相づちだけで、ちゃんと会話ができていない自分がもどかしい。


「形見なんだ」


 ――えっ?

 それって、つまり……

「お兄ちゃん、死んじゃったの。半年前に……」


 そんなことを聞かされ、オレは息を飲んだ。

 彼女の話はこうだった。


 兄が死んだ現実を受け止められずにいた彼女は、学校に行かず部屋に引きこもってしまったらしい。

「それじゃダメだと思って、実家から離れたこの学校に転校したの」

 兄の思い出がいっぱい詰まった自宅から離れ、ひとり暮らしを始めることにしたんだとか。


「そう……なんだ……大事な財布、くさないでヨカッタね」


 それで泣いてしまったのか……そう思ったのだけど、彼女は頭を横に振る。

「違うの」

「――えっ?」

 違う? 何が?


「あのときの西郡くんが、お兄ちゃんに見えちゃったんだ」

「――えっ?」

「オカシイよね。ぜんぜん似てないのに」

「……」


「また会えないかな……なんて思っていたら、まさか同じクラスだなんて……運命を感じちゃった」

「――えっ?」

「なんちゃって――私、アブナイ人みたい」

 はにかみながら、トモエは自分の頭をコツンする。


 ドキューン!

 不覚にも、オレ――西郡ジロウのハートは撃ち抜かれた。


 もはや、自制できない。なので、こんなことを言ってしまう。


「オ、オレも運命感じたよ!」


 うわっ! なにを言っているんだぁ!


「――ダメだよ。そんなことを言っちゃ――」

 ダメ? ダメって?


「そんなことを言われたら、私、西郡くんのことをスキになっちゃうよ」


 ドキューン!

 またもや命中。


「その時には、オレも遠藤さんのことをスキになるから!」


 言った。言ってしまった。だが、後悔はない!

 トモエは目を見開く。両手を口の前に持ってきて、感極まわったという表情を見せた。


「ウ、ウレシイ……」


 やった……


 西郡ジロウ、十六歳。ついに、人生最高のクリーンヒット!


 その時、彼女のスマホが鳴った。


「もしもし……うん……わかった。それじゃ早退するから……。うん、あとで」

 そう言って電話を切る。


「パパから。用事があるからすぐ家に帰ってこいって、何だろうね?」

「すぐに?」

 ちょっと、不安になる。


「引っ越しの件かな? いろいろ手続きとかあって、大変なんだね?」

 そうなんだ――と、少し安心する。


「それじゃ、また明日ね。くん!」


 そう言い残して、彼女は小走りで階段の入口へ向かっていった。

 オレが教室に戻ると、遠藤さんはすでに早退したあとだった。それでも、オレの脳内は花畑に覆われていた。明日になればまた彼女に会える――と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る