美少女に「アナタのこと、スキになっちゃう」と言われたので、怪盗稼業を辞めようと思うんだが

テツみン

第1話 何気ない休日の昼下がりだった。

 何気ない休日の昼下がりだった。


 オレ、西郡にしごおりジロウは自宅近くのコンビニに入る。小腹が空いたからだ。

 そして、ひとりの少女に目を奪われる。


 ボブカットにした亜麻色の髪。小ぶりな顔。白い肌はまるで最高級の白桃のように瑞々しい――つまり、東洋人離れした美少女がそこにいた。小柄で華奢。白いワンピースという容姿は、見ているだけで高原の中をそよ風に吹かれている――そんな気分にさせられる。


 彼女だけを意識してしまったのは、もちろん美少女だということもある――が、実のところ、オレの持つ『才能』がそうさせていた。

 ――と、いうのも。


 その少女、自分の持ち物に対してずいぶんと無警戒――あれじゃ、と言っているようなものだ。


 左ひじにブラ下げたショートバッグの口は開いたまま。そこからピンクのカワイイ財布が見えていた。

 熱心に商品を探しているようで、完全にバッグから意識が遠ざかっている。


 案の定、あやしいオヤジが近づいてきて、彼女にわざとぶつかった。

「こんなところに突っ立ってるんじゃねえ! ジャマだろ!」

 そう怒るオヤジに、その清楚な少女は、「すみません」と何度も頭を下げている。


 鈴を鳴らしたような、とてもカワイイ声だった。


 いや、それはどうでもイイ。オレはしっかりと見ていた。オヤジが彼女のバッグから財布を抜き取り、自分の右ポケットに突っ込んだのを――


 彼女はそれに気づいていない。なにごともなかったように、また陳列棚をのぞき込んでいる。


 普段なら、見て見ぬふりをしていたことだろう。なのに、なぜかその時はカラダが勝手に動いてしまった。


 出口に向かうオヤジに近づき、すれ違いざま財布を抜き取る。

 オヤジはまったく気づかない。そのまま店を出ていくと、姿が見えなくなった。


 おそらく相手は玄人プロのスリ師――そんな相手から盗むなんて、生半可な技量ではムリなはずだ。

 それじゃ、オレも同じスリ師なのか――というと、正確には違う。


 オレは『怪盗』だ。この一年、世間を騒がしている、名のある宝石や美術品ばかりを狙う華麗なる盗賊――

 オレにとって、町のスリ師からモノを奪うくらい他愛もないことである。


「はあ……」とため息をついて、少女の前まで移動した。


「すみません――」

 声をかけると、「は、はい――」と少し警戒た表情をしながら、その少女は顔を上げる。


(青い目――?)

 その瞳に吸い込まれるではないかというくらい、オレは見とれてしまった。


「あのう、なにか?」

 少女が声をかけてきたので、ハッとわれに返る。慌てて財布を差し出した。


「これ、キミのじゃないのかな? 落ちていたのだけど」

「――えっ?」

 彼女は驚いた表情になる。そして、ちょっと子供っぽいピンクの財布を受け取ると――


「――えっ?」

 こちらはオレである。予想もしないことが起きて、混乱した。


 財布を手にした彼女が、大粒の涙を流し始めたのだ!


「あ、あの……」

 どうして、このコは泣いている? 自分は何かマズいことをしたのか?

 そう戸惑っていると――


 突然、彼女が駆け出すではないか!


「えっ? あの、ちょっと――」

 そう呼び止めても、女のコは止まろうとしない。そのまま店を出ていく。


 店内には沢山の人がいて、その異様な光景を見ていた。何人かはオレの顔を横目で見ながらヒソヒソと話している。


 いや、だから――オレがいったい、なにを?


 少女の涙は宝石より美しい――

 誰が言った言葉なのか知らないが、今まで盗んだどんな宝物よりも、オレは心が揺さぶられた。


 だが、オレはまだ気づいていなかったのだ。これが始まりでしかなかったということを――


 そう、甘くて切ない――


 日々の始まりだと――

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