仮初の答え

ライカ_Lyka

不正解の正解

 目を覚ました瞬間、背中に伝わる冷たさで意識がはっきりした

 硬い床の感触が、ここが夢ではないと告げている


 体を起こすと、視界いっぱいに白が広がっていた

 天井は異様なほど高く、壁と床の境界は曖昧で、距離感が狂う


 円形に並べられた椅子

 その一つ一つに、人が座っていた


 学生らしき少年、疲れた顔の会社員、老女、幼い子ども

 年齢も性別もばらばらだ

 共通しているのは、全員が混乱した表情を浮かべていることだけだった


 天井中央には、黒い板のような装置が埋め込まれている

 まだ何も表示されていない


 次の瞬間、無機質な機械音声が会場に響いた


 「参加者の皆様に、ゲームのルールを説明します」


 ざわめきが一瞬で静まる


 「本ゲームでは、一つの問題が提示されます

 参加者は、一人につき一度だけ質問が可能です

 質問には『はい』または『いいえ』で回答されます」


 論理パズル

 ウミガメのスープ

 これらの単語が連想される


 「質問後、参加者は必ず回答を行ってください

 回答が誤っていた場合、失敗と判定されます

 成功報酬は十億円です

 失敗した方は死亡いたします」


 空気がざわつく

 だが次の言葉で押し潰された


 「また、誰か一人が勝利した時点で

 残っている参加者は全員、即座に死亡します」


 空気が張り詰めたようだった


 協力なんてできない

 自分以外は皆んな敵


 当然だ

 誰か1人しか生き残れないのだから

 

 「以上でルール説明を終了します

 それでは、ゲームを開始します」


 その瞬間、天井の装置が赤く光った


 ――残り時間 11:59:59


 数字が減り始める


 「問題を提示します」


 騒々しかった会場が一気に静まり返る


 「ある人物は、自分の答えが間違っていないと確信していました

 それでも彼は

 『自分は最初から失敗していた』

 と悟りました

 なぜでしょうか」



 ここから得られた情報は、答え自体は間違っていないということと、『最初から失敗していた』__つまり、初期段階で結果が左右されることの2つだ



 そう考えた直後、若い男が立ち上がった


 「質問します

 その人物は、何か行動を起こしたことで失敗しましたか?」


 「はい」


 男は安堵したように息を吐く


 「回答してください」


 「ま、待ってくれ…!

  まだ考えてるんだ…!」


 声が震える


 「不正解です」


 「今のは回答じゃないだろ…!

  いやだ死にたくない誰か助け___!!」


 悲鳴は途中で断ち切られた

 次の瞬間、男の姿は消えていた


 誰も動けない


 「追加説明を行います

  質問者は質問後、必ず答えを回答してください」


 質問したら必ず答えなければならない

 これは迂闊に質問できなくなる一方で僕たちに焦りを覚えさせた


 中年の女性が震える手で立ち上がる


 「質問します

  その人物は、自分の意思で行動しましたか」


 「はい」


 「……正しいと思って選んだことが

  後から間違いだと分かった

  そういうことではありませんか」


 「不正解です」


 「いやぁぁぁっ!!!」


 叫び声と共に、女性は消えた


 学生が叫ぶ


 「質問します

  その人物は

  誰かに命令されて行動しましたか」


 「いいえ」


 「じゃあ、自分で考えて動いたことが原因だった

  そういうことだろ」


 「不正解です」


 「ふざけるなっ!

  こんなの分かるわけ__!!」


 声は途中で途切れた


 質問

 回答

 不正解です

 消滅


 それが繰り返される


 奇妙なことに

 誰も質問しなければ、何も起きなかった

 質問を急かされる訳ではなく、ただ、カウントダウンだけが残酷に進む


 だが沈黙は恐怖だった


 誰かが正解すれば、残りは全員死ぬ



 考えるより先に人は動いてしまう


 焦りが人を動かす

 恐怖が人を縛りつける


 やがて、会場には僕一人だけが残った


 残り時間はわずかだった


 ここまで来て、ようやく整理できた


 問題の人物は行動したことで失敗した

 ならば、何もしなければよかった

 単純な結論


 僕は立ち上がった


 「質問します

  その人物は

  何もしなければ失敗しなかったのですか」


 「はい」


 僕は、正解を


 「その人物は

  行動したこと自体が失敗だった

  何もしなければよかったのです」


 一瞬の静寂


 「不正解です」


 その言葉で、全てを理解した


 問題に出てきた人物は、僕たち自身だったのだ


 

 答えは、

 そう、僕は質問をしてしまった


 (_質問者は質問後、必ず答えを回答してください)


 質問した時点で

 敗北は確定していた


 勝利条件は最初から一つ


 質問をしないこと

 つまり、何もしないこと



 あのカウントダウンは死へのカウントダウンではなかった

 ただ、時間いっぱい待っていれば勝てていたのだ



 体が崩壊していく

 痛みはない

 ただ、時の流れが遅れたように、ゆっくりと崩壊していく



 「参加者が全員脱落しました

  ゲームを終了します」



 ああ、


 このゲームに参加した時点で


 勝とうとした時点で


 僕たちは全員











 最初から負けていたのだ



 そこで僕の意識はぷつんと途切れた

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仮初の答え ライカ_Lyka @abyss_fixer

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