おっさんは回復剣士 ~敵も味方もぶった斬って回復する俺は、最強のアンデッドキラーとなってダンジョンを攻略する~

じょりー

第1話 回復剣士の過去と今

 俺の回復魔法はどういうわけか、剣からしか発動しない。

 手からも杖からも、本からも一切発動しない。


 なのにヒーラー。

 回復術士の一種の『回復剣士』というらしい。

 

 ……今笑ったか?

 いいぞ、笑ってくれて。

 何せ、回復剣士は世界に俺しかいないそうだから。

 

 しかし利点もあるんだ。

 

 アンデッドにとって回復魔法とは猛毒だ。

 もしもその回復魔法を剣の切っ先に乗せて、アンデッドの急所部分にでも放てばどうなるか。


 こんな簡単なことに気付くのに、未熟な俺は結構時間かかったよ。


 ――暗くどんよりとした石畳の回廊。

 俺は今そこに立っている。

 ぽつりぽつりと燭台が灯るその行く末に、腐臭の源も立っていた。


「ク、カカカ!」


 ひやりとした空気が俺の肌に触れる。

 臭いに混じったそれを、俺の長年の勘が間違いないと訴えてくる。


 コイツは――アンデッドだ、と。


「カカカッ!」


 敵は俺を見るや否や、死体とは思えないスピードで肉薄。

 片腕を乱暴に振り下ろして、自らの腕もろとも石畳を叩き壊した。


「マッドスケルトンか。まぁ、勘に頼るまでもなくアンデッドだな」


 敵はスケルトンの亜種だった。

 右半身は腐り落ちた皮と肉に包まれていて、溢れた膿が床を汚す。残るそれ以外は全て白骨化していた。


 アンデッドらしく、砕けた片腕を事も無げに再生させる。

 もう意思のない死体のはずなのに、俺を獲物と見たのか、笑ったように口の骨をカタカタ鳴らした。


「来るか」


 マッドスケルトンは先程以上のスピードで俺に襲いかかるが、俺は紙一重でかわす。

 続く二、三撃目も、すれすれでかわす。


「隙ありだ!」


 回避から最速で攻撃に転じるため、ギリギリで回避していたのだ。

 俺は腰のロングソードを抜いて、払うようにスケルトンの体を斬る。


「――クカカカ!」


「回復術士の剣なんざ効くかよ」、と。

 今さっき会ったコイツに自己紹介した覚えはないが、そんな風な嘲笑に聞こえた。


 そう、俺は回復術士だ。


 ただの回復術士が剣を振るったところで戦士系には到底及ばない。

 現に、剣はマッドスケルトンの体を両断するまでに至らず、あばらと肉に阻まれて止まっている。


 だが、俺はただの回復術士ではないんだよ。

 とてもなことにな。


「回斬剣・爆滅――!」


 魔法名を叫んで起動する短縮型詠唱。

 俺の詠唱に呼応して癒やしの光が切っ先に宿る。

 ダンジョンの薄暗い一室と、スケルトンの肉と骨の部分が内部から輝く。


 俺が唱えたそれは、回復魔法で言う『ヒール』だった。


「ク……? カーッ!?」


 直後、剣がスケルトンの体を真っ二つに切り裂いた。さらには二つになった体も粉々に爆発四散し、敵は文字通り消滅するのだった。


「ドロップ品は……銀の骨粉か。レアではないが、上々だな」


 他に敵はいない。俺は剣を腰の鞘に収め、ドロップ品をマジックバックにしまって一息つくのだった。


 四〇歳、男、独身。

 身長は一八〇で、軽装鎧に地味な色の服とマント。

 頬に古傷ありの中堅冒険者。


 回復術士でありながら、剣で斬らなければ回復魔法が発動しない回復剣の使い手。


 職業は――『回復剣士』。


 それが俺、ザン=グレイヴンのとてもな職業なのである。


 このヘンテコな力に目覚めたのは一二の時だ。

 鑑定士が「うわ、変な能力っ」と口にしたことは、この年になっても忘れられない。


 それでも俺は冒険者になりたくて修行した。


 鑑定士も聞いたことがない能力と言っていたこともあって、剣士に弟子入りしても回復術士を案内され、回復術士も剣士を案内するという、たらい回し状態だった。


 なのでほとんど独学で修行した。


 そして八年後、今から二〇年前か。

 俺は冒険者になると、初めてパーティーに加入したんだ――


 ◇◇◇


「大丈夫か、カイン! 怪我したんだな、待ってろ、すぐ治療してやる――回斬剣・!」

「ぎゃーっ!! ――ハッ!? た、助かったザン、これでまた戦える!」


 二〇年前、若かりし頃の俺はカインという、冒険者ギルドからも将来を期待されていた男のパーティーで、ヒーラーを担当していた。


「さすがにエリアボスだけあったな、お前がいて助かったよ、ザン」


 その頃俺達は王都を拠点としていた。

 その日も、王都周辺のダンジョンを冒険していたんだ。


「いや、カインこそさすがだ。剣士の端くれとして、その火力が羨ましいよ」


 俺がカインを羨むように言うと、カインは必ずこう返すんだ。


「何言ってるんだ。いいかザン、斬っては攻撃に回り、前線で立ち回りながら回復までするなんて、お前以外に出来る事じゃないんだぞ。謙遜けんそんしすぎはお前の悪い癖だ、もっと誇ってくれ」

「逆にお前は何でも褒めすぎだ、カイン。……だが、ありがとう」


 カインはイイ奴だった。

 イケメンで金髪で能力も申し分なく、性格も良ければ人望も厚い。


 それまで俺は修行先をたらい回しにされたり、他パーティーに加入しても、いきなり斬りつけるもんだからすぐに追放されたりと、メンタルも荒んでいた。


 だがカインだけは唯一俺の力を認め、長くこのパーティーに入れてくれたんだ。


「ま、いきなり背後から斬られるのはまだちょっと慣れないけどな! だが安心しろザン、人間いつかは慣れるものだからな!」


 カインが笑うと、他のパーティーメンバーも笑う。

 親友であり、やっと巡り会った仲間達だった。


 この時までは。


「――! カイン、伏せろ!」


 俺達は若かった。油断しきっていたところに、倒したはずのボスが復活したのだ。


 アンデッド化。


 獣タイプのボスが立ち上がると、それはすぐそばにいたカインに狙いを定めていた。


「くっ!?」


 だがさすがはカインだ。若さから完全に油断していたのにも関わらず、その若さから来る反射スピードだけでかいくぐり、かすり傷程度に止めて見せた。


 俺はとっさに剣を振るった。

 回復するためではなく、一度敵をカインから離すために。

 だが俺は回復魔法を剣に乗せながら斬っていた。敵を攻撃するためだってのにな。


 理由なんてない。

 その時は無我夢中だった、ただそれだけさ。


 そして俺の振るった剣はアンデッド化した敵に命中し、直後、その敵は爆発四散。粉々に消し飛んだのだった。


「敵が……エリアボスが、俺の貧弱な一撃で消し飛んだ……? そ、そうか……! アンデッドにとって回復魔法はダメージとなるから……!」


 俺は八年かけて初めて、自身の真の能力に気付いた。

 アンデッドにとって回復魔法とは猛毒だ。

 攻撃と回復魔法をほぼ一つの動作で完結出来る俺の力は、対アンデッド戦にこそ真価を発揮するのだと。


 未熟だったな。

 たらい回しとか追放とか色々されて、それでもどうにか役に立とうと必死で、視野が狭くなっていたんだろうな。


「ザン、お前――凄い能力持ってるじゃないか! それだよ、お前の真の能力は! 味方の回復だけじゃない、『アンデッドキラー』としての能力こそが、お前の真の力なんだよ!」

「みたい、だな。ハハ、笑えるな。八年もこの能力に付き合ってきたのに、今初めて気付いたぞ」


 俺が自分の間抜けっぷりを笑っていたその時。

 カインはどこか遠くを見ていた。


「そうか、お前の真の力は……回復だけじゃなかったんだな」


 それはまるで、未来でも見たかのような――

 ずっと遠くを見る目だった。


「……どうしたカイン? ってかお前、血出てるぞ。治してやる」


 その時の俺はあまり深く考えずに、コイツの傷を斬って治してやろうとした。


「――いや待てザン。お前まさか、俺を斬る気か?」

「なんだ今さらビビってんのか? 今までずっとぶった斬ってきただろ」

「そ、そうじゃなくて……その魔物の血べったりな剣で俺を回復するつもりなのかって言ってるんだよ!」

「ああ、そうだけど」


 何なら今までだってそうだったし。

 ――なんて、この時は思っていたが。

 よく考えたら嫌だよなぁ、魔法で浄化してるので衛生面はなんら問題ないんだが、とにかくビジュアルが強すぎだ。


「すまんザン、それは無理だ」

「え」

「後ろからぶっ刺されようが、脳天カチ割られようがそのうち慣れるだろうが……不潔なのは無理なんだ!」

「いや、今さらそう言われても……」

「無理だあ! 無理無理無理ぃぃぃぃ!!」


 カインの欠点はたった一つ。

 ちょっと潔癖症の疑いがあることだけだった。

 そして――


「ザン、このパーティーは今日で解散することになった」

「え……解散!? き、急過ぎないかっ」

「今日決めたからな。仲間も了承したよ」


 その日の夜。ギルドで俺はそう告げられた。


「どうして……解散なんて……どうせ俺が原因なんだろ? だったら俺一人追放すればそれで……それで済む話のはずだ」


 解散。

 追放ではなく、はっきりと解散とカインは言った。

 周囲で聞き耳を立てていた他の冒険者が口にする。


「またクビにされてるぞ、ザンの奴」

「まぁ無理だわな。味方を背後から斬りつけて回復する……分かっていたって、やられる側は反射的に防御態勢取っちまう」

「『ヒールザリッパー』――アイツの回復を受けられる奴なんていないってことさ」


 俺の評判はここに来た時から悪かったが。

 近頃では背後から斬りつけるその所業から『ヒールザリッパー』なんて異名――いや、悪名が付いていた。


「ザン、周りの言葉なんて気にするな!!」


 だが、カインは違った。


「確かに血が付いた剣で斬られるのはちょっとキツイ! いやかなりエグい! ってか絶対無理! ――でも解散の理由はそうじゃないんだよ!」


 カインは真剣な眼差しで続ける。


「お前はここにいるべきじゃないんだ。王都周辺は色んなダンジョンがあるが、アンデッドばかりの場所はほとんどない。だからお前はここを離れて、もっと適した場所に行くべきなんだ。SSランクの夢、叶えるんだろ!」


 俺の夢。

 冒険者の頂点である最高ランク、SSランクへの到達。


「……カインの夢も、俺と同じはずだ。また一から仲間探しなんて、なんでお前までそんな手間のかかる道を選ぶ必要がある。……俺一人を追放しろ、それでこの話はカタがつく!」

「お前一人追い出すことなんて出来ない。俺だけじゃない、パーティーの仲間はみんなその思いで一致したんだ。――仲間だから、みんなで別れることに決めたんだよ!」


 カインは、俺の目を真っ直ぐに見て言う。


「出来るわけないだろうが……お前だけを追放なんて」


 嘘のない言葉。

 カインは俺の真の能力を発揮させるためだけに、身を斬った。

 俺だったらここまで出来るだろうか。

 味方ばかり斬ってきたこの俺に。

 こいつは本当に――イイ奴だ。


「ザン。俺とお前はここでお別れだ」

「………………ああ」

「だけど、一生の別れじゃない」

「……ああ」

「これは、お互いの夢を叶えるための別れだ」

「そう、だな」


 今話しかけるなよ、泣いちまうだろうが。

 カインは耐える俺に約束を持ちかける。


「いつかまた、再会しよう。その時は、お互いSSランクだ、ザン!」

「分かった。回復剣士がいなくなった途端、おっぬんじゃないぞ、カイン!」


 俺は右手を差し出す。

 カインは革手袋の埃を落とすように自分の腰に打ち付け、清潔にした後、俺と握手を交わす。

 全く。こんな時も潔癖か。


「じゃあな、カイン。……本当にありがとう」

「ああ。お前との冒険、最高に楽しかった!」


 ◇◇◇


 あぁ~……青春だったなぁぁぁぁ~。


 そして今。

 王都を離れて二〇年。俺ももう四〇歳。

 独り身ということもあって、ふと昔を思い出すことも多くなった。


 カインが今何をしているかは分からない。

 SSランクになったのか。どうしているのか。

 目立つアイツのことだ、何かあれば俺の耳に情報は入るだろうから、少なくとも悪いことは起きていないだろう。そんなことわざもあるしな。


 俺はというと、結局SSランクになんて到底届かず、BとCを行ったりきたりの中堅冒険者。

 アンデッド限定の能力なので、戦う相手も限られるが、組む仲間も限られるのだ。


 ……っていうのは言い訳か。

 結局は実力が足りないということだな。


 スピードや魔力、技術はあっても、俺には決定的に火力が足りない。


 剣士と回復術士の良いとこ取りとはいかず、どちらかと言うと回復術士寄りの俺は、アンデッド以外にはまともに攻撃が通らない。

 戦っても負けはしないが、両者引き分けの泥仕合にしかならないのだ。


 パーティーにも置きたいとは思わないだろうしな。

 回復術士なのに突然斬りかかってくる奴なんて。

 だからずっとソロだ。


 まぁ、今の生活に不満はない。

 裕福ではないが、そこそこに暮らせてはいる。

 ただ何かこう、落ち着いてしまった自分に、やきもきさせられるのもまた事実だった。


「……さて、お仕事の続きを」


 ――ドオォン!!


 孤独に昔と今を比べていたその時、俺の意識を現実に戻す爆音が、ダンジョンの奥より響いた。


「な、なんだ、別の冒険者か? 珍しいな、こんな辺鄙へんぴなダンジョンに……」


 だが続いて聞こえてくる声は、俺の緊張感を一気に高めた。


「きゃあっ!」

「女性の悲鳴……まずいな」


 長年の直感がそう言っている。

 現実に戻った俺は、悲鳴の聞こえた方に急ぐ。

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