おっさんが酒場でパーティーを追い出された子達を慰めていたら凄いパーティーが出来上がってしまった

田中又雄

第1話 異世界転生もパッとしない人生

 この世界は、エルドリア大陸と呼ばれる広大な土地が広がるファンタジーな世界である。


 魔法が日常的に息づき、剣士や魔導士が冒険者としてギルドに所属し、モンスター討伐や宝探しで生計を立てる。


 人間、エルフ、ドワーフ、獣人など多様な種族が共存し、王国や帝国が点在する中、ダンジョンや古代遺跡が無数の冒険者を誘う。


 まさに誰もが想像する異世界ファンタジーである。


 そして、神々が与える「スキル」と呼ばれる特殊能力が、転生者や選ばれし者に授けられることがあり、それが英雄を生む源泉となっていた。


 しかし、そんな華やかな面の裏で、スキルを持たぬ者たちは厳しい競争にさらされ、ただの凡人として日々をしのぐしかない現実があった。


 俺の名はこの世界ではシルド=アグゼン。

元の世界では高橋武という名前だった。


 日本で、普通のサラリーマンとして働いていた。

30歳を過ぎ、仕事のストレスと人間関係の疲れから、毎日のように酒に逃げていたある夜のこと。


 帰宅途中の横断歩道で、信号無視のトラックに跳ね飛ばされた。


 意識が薄れゆく中、ぼんやりとした光に包まれ、次に目覚めたのは見知らぬ森の中だった。


 異世界転生――小説や漫画で見たような現象が、現実に俺に起きたのだ。


 神らしき存在が現れ、「お前の人生は終わったが、新たな世界でやり直せ」と告げられた。


 だが、そこで与えられたのは、基本的な言語理解と身体強化の一般的なスキルだけ。


 派手なチート能力なんてものはなく、ただの「普通の人間」として放り出された。


 最初はそれでも興奮した。

新しい人生だ、冒険だ、と。

でも、現実は甘くなかった。


 転生してから32年。

元の世界より長く生きてきたものの、俺は冒険者として、中の中であった。


 ギルドに登録をし、剣を握ってモンスターと戦う道を選んだものの、今では本格的な戦闘は避けて、ゴブリンやスライムを倒すクエストで副業として小銭を稼ぐ程度になっていた。


 若い頃は街の酒場で仲間を探し、若さゆえの行動力で臨時のパーティーを組むこともあった。


 でも、今ではしがないおっさんかつ特別なスキルがない俺は、足手まとい扱いされるため、パーティーを組むこともなくなっていた。


 今ではバイト感覚でいろんなところでちょこちょこ働きながら、街の外れに小さな家を借り、毎日をダラダラと過ごすようになった。


 朝起きてギルドの掲示板を眺め、簡単なクエストがあれば受ける。


 なければバイトするか、酒場で時間を潰す。


 完全にダメダメなおっさんになっていた。

鏡に映る自分の顔は、2日も放置すれば髭が伸び放題で、目元に疲労の影が濃い。


 時折、昔のことを思い出す。

家族や友人、安定した給料。

あのトラックさえなければ……もしかしたら幸せな未来が…なんて、後悔は尽きない。



 ◇


 その日も、いつものように街の中心部にある酒場「黄金の角杯」に入った。


 夕暮れ時で、店内は冒険者たちで賑わっていた。


 カウンターに座り、安いエールを注文。

グラスを傾けながら、周囲の喧噪をぼんやりと聞いていた。


 笑い声、剣の話、魔法の自慢。

俺はただ、静かに飲むだけだ。


 ふと、少し離れたテーブルで異変が起きた。

5人の若い冒険者パーティー。


 リーダーっぽい男が、テーブルを叩いて声を荒げている。


「もうついてけねーよ!」


 相手は小柄な少女。

エルフの耳が特徴的で、弓を背負っている。


 彼女は無表情でじっと眺めている。

すると、男は立ち上がり、少女の頰を平手で叩いた。

パシン、という鋭い音が店内に響く。


「俺は抜ける!」


 その言葉に釣られて、残りの3人もついて行く。


 しかし、その子は全く動揺することなく、1人で飲み物を飲んでいた。

慣れているのだろうか。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/822139841419551634


 それでも周りからは冷ややかな目で見られていた。


 その取り残された――少女の姿が、俺の過去と重なった。


 俺も何度か、パーティーから追い出された経験がある。

スキル不足を理由に、荷物持ち扱いされたことがあった。

影で馬鹿にされたりもあったしな…。


 そんな経験と酒の勢いもあり、気づくと俺は立ち上がり、彼女の隣に座っていた。


 そして、お酒を一杯彼女に差し出し「大丈夫?」と声をかけた。


 彼女は顔を上げ、驚いた目で俺を見る。


「…はい。慣れているので」と、すぐに目を逸らして答えた。


 それから俺はしつこく話しかけた。

嫌がっている様子があれば、先を外そうと思ったが、彼女は淡々と答えてくれた。


 長い銀髪のエルフ少女は名をリリアと言うらしい。

年齢は現在180歳であり、人間で言うところの18歳くらいに相当するらしい。


 冒険者を始めて20年くらいになるとか。

冒険者経験で言えば俺と遜色ないほどの期間であった。


 更によく見ると、胸には第一級弓使いのバッチをつけていることに気づく。


 第一級はそれだけで生きて行くには困らないほど、引く手数多の存在であった。

どうやら似ていると思ったが、俺とは違うようだ。


 しかし、どうやら協力して戦うということが不向きらしく、前の世界でいうKY的な雰囲気が故に、なかなかパーティに馴染めず、パーティーも国も転々としながら生活をしていたとか。


 そんな話を聞きながら、俺はエールをもう一杯注文し、彼女に勧める。


「まぁ…でも…そっか。俺も…ちょっと似たような経験してきてな。まぁ、君とは実力も全然違うし、同じにするなとか思うかもだけど…。馴染むのって大変だよな。気を使ってヘラヘラしても舐められたり、逆に不快にさせたり…こっちはこっちで努力してたりするけど、そういうのって伝わらないものだからな」

「…そうですね。気持ちはよく分かります」


 リリアは最初、警戒していたが、俺の話を聞くうちに少しずつ心を開いてくれたようだった。


 それからはただ俺の凡庸な冒険者として歴史を語った。


 興味があるのかわからなかったが、次第に彼女の方からも話を振ってくれるようになり、それから彼女の故郷の森の話や、弓の練習の日々など、昔の話をたくさんしてくれた。


 そのおかげでどんどんと酒が進み、彼女からも少しだけ笑顔が見えるようになった。


 結局、その夜は遅くまで話し込み、彼女は少し元気を取り戻して帰っていった。


 その帰り際のこと。


「また…会えますか?」と聞かれた。

「まぁ、ここにはよく来るからねー。会えると思うよ。ちなみに家はちょっと離れた僻地にあるんだけど…」というと、詳しく住所を聞かれた。


 それから彼女は足早に去っていったのだった。


 何となく彼女の役に立てたのなら、それで良かったななんて思っていた。



 ◇


 それから、数日後。

また同じ酒場で似た場面に遭遇した。


 いつものように酒を飲んでいると、何やら隣で静かに喧嘩が始まった。


「頼む…。このパーティーから抜けてほしい」と、男が頭を下げて頼み込む。


 すると、彼女は一度舌打ちしてから、「勝手にすりゃいいじゃん」と、吐き捨てるのだった。


 それから、男とその仲間の数人がその店を後にするのだった。


 そして、剣士と思われる少女が1人、カウンターで舌打ちしながら、イライラしているのか貧乏ゆすりをしながら、酒を飲んでいた。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/822139841419579915


 流石に少し声がかけづらかったこともあり、そっとマスターにお願いして、いっぱいのお酒を奢ることに。


 頼んでないお酒が運ばれ、「私、頼んでないけど」と、店主を睨むが「あちらのお客様からです」と、俺を差すと少し怪訝そうな顔でこちらを見つめる。


「あっ…どうも…。俺も…その酒が結構好きで…」と、ヘラヘラすると「…誰?ナンパ?歳考えてほしいんですけど」と、一蹴される。


「いやー、そういうのではないんだけど…。まぁ…その…良かったら少し話でもしたいなーって。ナンパとかではなく、世間話とか」と、言うと「…好きにすれば?」と言われた。


 それから俺は一方的に最近あった面白い話とかをすると、なんだかんだ突っ込んでくれるようになり、話はそれなりに弾むのだった。


 すると彼女が「どこに行っても馴染めないって言うかさー。気を使うとか使われるとか面倒じゃん?パーティーを組んだら惚れた晴れたとか、そういうのを無しにしたいんだけど、そうもいかなくて…。なんでもっとスカッと生きないかな」と、カッコよく呟く。


「スカッと生きたいか…。確かに、それはわかるかも」

「おじさんも冒険者なんだ」

「まぁ、今はほぼ副業でちょろっとモンスター倒す程度だけどね。冒険者を名乗るのも烏滸がましいよ」

「そんなことないでしょ。そんな卑下することじゃない。むしろ誇るべきことだと思う。私はそういう生き方好きだよ」


 それから、お互い泥酔するくらいに飲み明かして、ほぼ酔い潰れながら、気づくと我が家にいたのであった。



 ◇


 さらに一週間後のこと。


 何やら言い合いをしている3人。


「うちのこと好きって言ってたじゃん!」

「悪い、俺…実はアリナと付き合うことにしたんだ。そういうことだから」と、何やら喧嘩が始まる。


 どうやら、男の方が二股をかけていたらしい。

しかも、振られた側の女の子は相当に彼に貢いでいたらしく、何とか彼ともう一度話したいというも、彼は全く聞く耳を持たずその場を後にするのだった。


 泣き崩れてしまう彼女。

誰も声をかけることはなく、そのままにされていたのでいたたまれず、声をかけてみることに。


「あの…大丈夫ですか?とりあえず、お酒でも飲みます?」と声をかけると、「いいでずがぁ…ッヒックッ…お金ないですけどっ…ッ!」と、涙ながらにそう言ってきた。


「奢るので気にせず飲んでください」というと、ものすごい勢いでお酒を飲み始める彼女。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/822139841419601502


 もう泣いてるのか酔っているのか分からないまま、「なんでおどごはみんなうわぎするんですがぁ!!!」と、結構なダル絡みをしてくる。


「いやー…みんなってことはないと思うけど」

「うぞだ!私と付き合っだおどごはみんなじまじだよ!!」

「それは…男運がなかったのかもね。大丈夫。世界は広いからねー。いつか浮気しない彼氏もできるよ」

「うゔ…そんながレジがぼじぃよぉ〜」と、また泣き始める。


 そうして、彼女を慰める。

ちなみに彼女は治癒魔法の使い手らしい。

それも以前の彼女と同じような感じで、第一級の魔法使いであった。


 第一級故に引っ張りだこではあるものの、優しくされるとすぐに惚れてしまうらしく、それ故にいつも恋愛沙汰で最終的にはパーティーを追い出される羽目になるとか…。


「そっか…。じゃあ、これからは男がいないパーティーに入るといいかもね」というと、「たしかに…ぞうでずねぇ…」と、そのまま机に突っ伏して寝始めたので、俺が彼女を宿屋に運ぶ羽目になったのだった。



 ◇

 

 そして、また数日後。


 今日は相当お店が混んでいたので、少し寒いものの、外で飲むことにした。


 すると、「ごめん…。猫モードがちょっと怖すぎるというか…。流石にそれが制御できないならうちでは厳しいかな…。他でパーティーを探してくれる?」という声が聞こえてくる。


 よく見ると言われていたのは獣人と思われる女の子。


 どうやら獣人の少女であり、名前はセラというらしい。

猫耳と尻尾が特徴で、斥候のスキルを持つ。

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/822139841419651054


 彼女は金色の髪は相当に美しかった。


 なるほど…。

獣人族だが、獣の要素が濃すぎるということなのだろう。


 彼女は顔を赤くしながら、ただ口をパクパクするだけで、相手には伝わっていないようで、「ごめん。そういうことだから」と、その場に置いていかれる羽目に…。


 そんな彼女のことが不憫に思えたので、話しかけることにした。


「大丈夫?」と、声をかけると小動物のようにびっくりする彼女。


「あーごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど…。話が聞こえてさ…。大丈夫?おじさんで良かったら話聞くよ?」と、お酒を差し出すも、「み…み…みせいねん…なので…」と小さい声で断られた。


 ということで、ソフドリを差し出すと美味しそうに飲み始める。


 今日も今日とて俺のしょうもない話をしていたが、彼女は真剣に話を聞いてくれた。

それが楽しくて、どんどんしゃべっていると、少しだけ心を開いてくれたらしく、「ありがとう…ございます…」とお礼を言われた。


 そうして、その日は彼女と遅くまで話をして、それから家に帰ったのだった。

 

 そんな日々が続いたある日のこと。



 ◇


 最近、冒険をサボりがちになり、家でゴロゴロする時間が増えた。


 小さな木造の家、埃っぽい部屋で本を読んだり、昼寝したり。ギルドからの依頼は今のところは放置していた。


 身体が重く、モチベーションが上がらない。ある晴れた午後、ドアを叩く音がした。


 開けると、そこに立っていたのはリリア、グラナ、ミア、セラの4人。


 皆、冒険者の装備を身につけ、決意の表情を浮かべていた。


「おっさん! 私たち…パーティー組みたいんだ!」 リリアが代表して言った。


 俺は目を丸くするしかできなかった。

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