皇太子妃に返り咲き ~冤罪令嬢、謎のイケメンに溺愛されて大逆転~

ひろの

第1話 桃色の逃亡者

「セリナ・フォンテーヌ」


宮廷に、皇太子リュシアンの鋭い声が響き渡った。


玉座には、神聖皇帝カイゼルが静かに座っている。

しかし彼は何も言わない。この裁判を、皇太子に任せているからだ。


セリナは玉座の前に跪いていた。

背後では近衛兵が銃口を向け、

取り囲む貴族や文官たちの冷たい視線が容赦なく突き刺さる。


桃色の髪が頬にかかり、

同じ色の猫耳が小さく震えた。


リュシアンが高らかに宣言する。


「罪状。公費三十億ニャーラの横領――そして、国家反逆」


(違う。私じゃない。

 それは……あなたの罪だ)


叫びたいのに、声が出ない。

証拠はすべて改ざんされ、セリナが犯人に仕立て上げられていた。

今ここで何を言っても、覆るはずがない。


「よって――」


黄金の髪が陽光を反射し、彼の笑みは誇らしく、そして残酷だった。


「極刑に処す!」


宮廷がざわめく。

極刑――つまり死刑。


(私は……終わるんだ。

 二十一歳の人生が……。

 父上……)


脳裏に浮かぶのは、父の優しい顔。

自分と同じ桃色の髪、そしてあの温かい笑顔だった。


その父が、心の中で語りかけてくる。


『セリナ。お前は強い子だ。希望を捨てるな』


(でも父上、私は――)


「そして、セリナ・フォンテーヌとの婚約を破棄する!」


再びざわめく宮廷。婚約破棄。


(そう……これが望みだった。

 最初から私を排除して、あの女を皇太子妃にするつもりだったのね)


視界の端にヴィオラの姿が見える。

深紫の髪。妖艶な笑み。

勝者の余裕で、セリナを見下ろしていた。


(彼女があなたの本命。

 私はただの邪魔者で……。

 自分たちの罪まで押し付けて、全部あなたの思い通り)


玉座のカイゼルは、黙ったままだ。


「連行せよ!」


兵士たちが近づく。


(……終わった。全部……終わったんだ)


体に力が入らない。


(父上、ごめんなさい。

 私はあなたの遺志を継げませんでした)


涙が頬を伝う。


そのとき――指輪が震えた。


(え……?)


昨晩、“皇帝直属の特務官”を名乗る謎の男から預かった指輪。

それが微かに振動している。


(そうだ……あの男が言ってた……!)


『発信機が震えたら、頭を抱えてしゃがめ』


(今!? こんな場で!?)


兵士の手が肩に触れようとした瞬間、

セリナは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


次の瞬間――

轟音が宮廷を揺らし、天井が弾け飛ぶ。


「なっ!?」


悲鳴が重なり、宮廷は一瞬で混乱に包まれた。

石材とシャンデリアが降り注ぎ、背後の近衛兵に巨大な破片が直撃する。


吹きあがる粉塵から、顔を手で蔽(おお)いながら、カイゼルが目を見開く。


(何だ、これは……!?)


轟音が止み、

セリナは恐る恐る顔を上げた。


瓦礫の粉塵の向こうに――巨大な影。

帝国近衛軍の紋章が刻まれた、宇宙艦隊の高速軍艦。


宮廷に入れるはずのない軍艦が、無理やり突入していた。

屋根が吹き飛び、青空が覗く。


「な、何事だ! 近衛兵!余を守れ!

 早く集まらんか、馬鹿者ども!」


リュシアンの叫びがむなしくこだまする。


軍艦のハッチが開き、二人の男が姿を見せた。


先頭の男――濃紺の髪、鋭い瞳。

昨夜現れた“特務官”ユーリだ。


続いて黒髪の男が飛び降り、レーザーブレードを起動する。


(本当に……助けに来たんだ!?)


カイゼルが表情をわずかに動かす。


(ユーリ……!?

 なぜ、お前がこんな暴挙を……?)


しかしすぐ無表情に戻った。


ユーリが手を伸ばす。


「来い!」


黒髪の男がセリナの傍の近衛兵を薙ぎ払う。

透明な膜のようなパーソナルシールドが展開されて、

斬撃を受け止め火花を散らすが、

彼のブレードの勢いに押されて兵士たちは吹き飛んだ。


セリナは立ち上がる。


「セリナ・フォンテーヌ!動くな!」


銃口が向く中、ユーリの声が響く。


「走れ!今すぐ!」


迷う必要はなかった。

セリナは走る。

兵を押しのけ、瓦礫を飛び越え、ただ――彼の元へ。


「撃て!撃て!」


リュシアンの怒号。

レーザーが横を掠める。


(怖い……!)


それでも止まらない。

あの手に届けば――。


「掴まれ!」


ユーリがセリナの手を掴み、力いっぱい引き上げた。


後から追いかけてきた黒髪の男も手すりに飛びつく。

そのままシールドを展開して、二人を狙うレーザーを防いだ。


視界が揺れる。

浮遊感と共に、気づけばセリナは軍艦の中――ユーリの腕の中だった。


「発進しろ!」


「了解!全員乗ったな? 行くぜ!」


黒髪の男も中に飛び込むとハッチが閉じ、軍艦が急上昇する。

強烈なGが体を押しつぶし、セリナは思わずユーリにしがみついた。


「耐えろ!」


ユーリが、庇うように抱きしめる。

外からレーザーが撃ち込まれるが、シールドが受け止める。


「このまま離脱だ!」


大きく揺れる船体に、セリナは必死で耐えた。


宮廷では近衛兵がカイゼルへ駆け寄る。


「陛下!追撃致しますか?」


しばし黙した後、カイゼルは低く言った。


「……いや」


「陛下?」


「追うな」


困惑する兵士たち。

リュシアンが叫ぶ。


「父上!あれは明らかな反逆です!」


「リュシアン」


冷たい声が、息子を射抜く。


(ユーリが動いた……裏がある。

 となると――リュシアン。

 お前は何か隠しているな……?)


「この件は一旦保留とする。

 証拠の再精査が必要だ。判決は後日だ」


リュシアンが歪んだ顔を見せた。

カイゼルは立ち上がり、無表情のまま宮廷を去る。


廊下で、リュシアンはヴィオラと密談する。


「くそ……父上め……保留だと?」


「落ち着いてください、リュシアン様」


ヴィオラは微笑む。


「陛下はどうせ深く追及しません。

 セリナは逃亡中に抵抗し、やむなく射殺した……

 そう報告すればよいのです」


「……なるほどな」


「証拠隠滅もできます。既成事実にしてしまいましょう」


リュシアンがうなずいた。


「私兵を動かせ。近衛兵の一部も使え。

 セリナと協力者を――必ず始末しろ」


「かしこまりました」


妖艶な笑みがこぼれる。


・ ・ ・


どれほど時間が経っただろう。

やがて揺れが収まり、ユーリの声がした。


「……振り切ったな」


セリナはそっと彼の腕から離れる。

乱れた濃紺の髪。

鋭い瞳には、意外なほど優しい光が宿っていた。


緊張から猫耳がわずかにぴくりと動く。


「ユーリ……さん」


昨夜聞いた名を呼ぶ。


「ん?どうした?」


「どうして……ここまで?」


「お前の父君、アルフレド公爵との約束だ」


その名を聞いた瞬間、胸が熱くなり、涙が溢れた。


「父、上……」


声が震える。

父はもういない。

二ヶ月前、急死した。

毒殺だとセリナは確信しているが、証拠はない。


「泣くな。お前はもう自由だ」


(自由……?)


「でも私は……逃亡者になっただけです」


「そうだ」


「極刑を宣告された、犯罪者で」


「あぁ」


「……国家反逆者」


ユーリが少し笑う。


「よくもまぁ、そこまで盛られたもんだな。気の毒に」


(……笑い事じゃないのに)


「これから……どうすれば?」


「辺境のフィンニャルド星系に行く。

 グレイヴ公爵が、お前を守ってくれる」


「グレイヴ公爵? 父と古い友人だと聞いたことが……」


「リュシアンの悪事を暴くには力が必要だ。

 グレイヴ公爵は軍務大臣の家系。

 だが今はリュシアンによって僻地に飛ばされている」


「味方になっていただけますか?」


「お前が持ってる“証拠”を届けられればな。

 だが追われるぞ。そして……お前の桃髪は目立つ」


セリナは自分の髪に触れる。

父が愛した、桃色の髪。


「父が……好きだった髪なんです」


「そうか」


ユーリは操縦席に向かいかけ――ふと振り返った。


「三時間後に次の目的地に着く。少し休め」


「次の目的地……?」


「お前の公爵邸だ」


(え……?)


「でも、あそこは包囲されて――」


「わかってる」


ユーリの瞳が鋭く光る。


「お前のメイドを救いに行く。

 俺たちだけじゃお前を守り切れない。

 信頼できる仲間は多いほどいい」


(ソフィ……!)


「彼女は無事なんですか!?」


「わからん。だが……約束したからな」


(約束……?

 ユーリと……ソフィが?)


「ソフィに何を言ったんですか?」


「『必ずお嬢様と迎えに来る』とな。

 あの子は、お前のこと信じてたぞ」


胸が熱くなる。

ソフィ――唯一の友人で、妹のような存在。


「急ぎましょう!」


セリナは立ち上がる。


「彼女を早く助けないと!」


「落ち着け」


ユーリが制する。


「急ぐと逆に危険だ。確実に救出する」


「……はい」


セリナは席に座り直した。


窓の外――

帝都セレニャールがどんどん遠ざかっていく。

銀河の5%を支配する星間大国、ニャニャーン神聖帝国の首都にして

自分が生まれ育った美しい街。


そのすべてから、今――離れていく。


セリナは逃亡者となった。

横領、反逆の罪を着せられ、極刑を宣告され。


(私は……反逆者になってしまった。でも……)


これは終わりではない。


(父上。

 私はあなたの遺志を継ぎます。

 この男、ユーリと共に。

 必ず真実を明らかにする。

 そして――リュシアン。

 あなたの罪を、暴いてみせる)


セリナは拳を握りしめた。

桃色の髪が、決意と共に揺れる。


これは復讐の物語。

いいえ――正義を取り戻す物語の、始まりだった。


【あとがき】

定番の冤罪令嬢シーンです。追い詰められたセリナは謎の男たちに守られて再起を狙います。

どうか、彼女が無事返り咲くまでお付き合いください。


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