転生天才祓い師は、今世は普通になりたい

かのん

第1話


 に生きているだけなら、そんなに辛くはなかったのだと思う。


 働いて、食べて、寝る。ただそれのの繰り返しだから。


 ただ、季節があって、その季節ごとのイベントが訪れると、急に寂しさを覚えるのだ。


 “メリークリスマス! 素敵なクリスマスをお過ごしください”


 そうした挨拶を、近年、誰かと交わしたことはあっただろうか。


 テレビ画面に映る家族や親族の団欒や、クリスマスプレゼントをもらって喜ぶ子ども。


 そうしたものは自分にとっては絵空事と同じで、プレゼントも、ケーキもクリスマスツリーも、自分にとっては無関係なものだった。


 薄暗い部屋の中で、一人で、昨日の残り物の総菜を食べた。


 レンジで温めることも億劫で、ただ、冷えた総菜を口の中にいれて咀嚼して、飲み込む。


 時間が早く過ぎ去り、いつもの何もない日常に戻ればいいと思った。


 テレビ画面に現れては消える、クリスマスの色とりどりの飾りを見るのもうんざりとした。


 その時、電話が鳴り、あぁ、仕事の呼び出しだなと体を起き上がらせた。


 むしろ、仕事があることにほっとさえする。


『すみません……もう貴方のお力を借りる以外なく……お願いです……助けてください……』


 そう言われ、一言で返事を返す。


「今から行きます」


 上着を羽織り外に出ると、イルミネーションを見た帰りなのか、楽しそうに会話しながら家族や恋人と人々が歩く姿が見えた。


 賑やかで眩しくて、自分には無縁の温かな普通の世界。


「はぁ」


 白いため息が空へと消えていく。


 通りを歩けば、楽し気な音楽と店頭にはクリスマスツリー。


 色とりどりの世界が広がっているけれど、それを見ても何一つ心が動かない。


「……普通か……」


 願うならば、次に生まれ変わったら普通になってみたい。


 今は普通の人の平穏な生活を守る側。


 だから今度は、普通側に立ちたいと願った。


―――――バチッ!


 静電気が走ると同時に、私は自分が前世抱いていた夢を思い出した。


 遠くに曖昧に思い出したその記憶は、今日の曇天の空のように重々しい色合いをしている。


「……あたち……」


 ハッと窓に映る自分を見て私は息を呑む。


 まだ幼い、薄桃色の髪に紫色を有した瞳。


 今世の姿だ。


 なんとカラフルなことだろうか。


 名前はココレット・ゴードン。


 南に位置するヴィクトリア王国の四大公爵家の一つ、ゴードン公爵家の娘である。


 “ファンタジーかよ”そう一人、心の中でツッコミを入れる。


 先程のクリスマスの記憶から、脳内が現状に悲鳴を上げている気がした。


「まさか……残念ながら……呪い子……です」


 見上げた先にいた声の主は、黒と白の衣服をまとった長身の神父様であり、残念そうな声色だった。


 お父様とお母様の顔が青ざめ、ふらつく。


「……うちから、呪い子が……」

 

 お父様の言葉に、お母様がハンカチで涙をぬぐう。


「申し訳ございません……申し訳ございません……」


 するとそんなお母様の肩にお父様は腕を回し、慰めるように言った。


「お前のせいではないよ」

「……旦那様……」

「今後については私が考える。君は気にするな」

「……はい」


 その言葉に、私の心臓は煩く鳴る。


 幼児の頃の意識に流されて、縋るように手を伸ばそうとすると、お父様が私の手を振り払った。


 振り払われた勢いでその場にしりもちをつく。


「いちゃ……」

「黙れ。泣くなよ」


 唇をかみしめて、涙を堪えて立ち上がった。


 すると、お父様が言った。


「呪いを背負った悪しき子が、まさか、我が子になるとはな」


 呪いを背負った……悪しき子?


 次第に意識が大人の物と混ざって鮮明に状況を把握し始める。


 私はじっとお父様とお母様を見つめると、聞こえない程度の小声で呟いた。


「……本当に背中に背負っているのは、どちられすかね……」


 お父様は、見知らぬ青ざめた女性の生霊を。お母様は年老いた老人の幽霊を。それぞれその背中に背負っている。


 さぞ、肩が重たいことだろう。


『うらめしぃ、うらめしぃ。私以外の女の人と結婚するなんて……』

『お前は私の子だ。私からは逃げられない』


 恨み言をぶつぶつというそれは、前世で言うならば、悪霊と呼ばれる類の存在である。


 この世界にもいるのか。


「……あたちより、自分のことを省みなちゃいよ」


 つい、小さな声で本音が零れ落ちる。


 見えないということは、なんと幸せなことだろうか。


 前世、天才祓い師と謳われた私には、その背中に背負う業が、丸っと全てお見通しである。


 両親は私のことを汚物を見るかのような視線で見つめていたが、その視線、そのままお返ししたいところである。


 だが両親はその視線を一変させると、満面の笑みで言った。


「私達には愛しいミーナがいるから、大丈夫だ」

「さぁ、ミーナいらっしゃい」

「はい。お父様、お母様」


 私の中で前世の記憶と今世の記憶とが混在していた。


 先ほどまではただの幼児だった意識が、前世の大人の意識とさらに混ざり合っていっているのが分かる。


 そうしていくと、絶望感が薄れ、少しばかり気分がマシになる。


 ただ、普通になりたいと願ったのにもかかわらず、今世でもその願いは敵わず幽霊が見える体質のままのようだ。


 しかも、今世では呪い子という設定まで背負っているらしい。


 呪い子ってなんだ。私が悪霊側なのか? はっはっは。笑い転げそうだ。


「正直いって、面倒くちゃそう……」


 今世は前世よりもハードモードかもしれないという予感はあるものの、せっかく転生したのだからと、心に決める。


 今世は普通になりたい。


 せっかく転生したのだから、目指せるだけ目指してみよう。


 私はそう決めたのだけれど、やはり最初から中々に厳しいようなそんな気がした。

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