スピードショップ泥沼自動車

久遠 れんり

第1話 私はエンジンブレーキを変えたいの

「本当にふざけているわ」

 新井あらい 智子ともこは怒っていた。


 冬になり、これから車に乗り出して初めての冬。

 雪道のドライブについての本を買いあさり、かの女は読み込んだ。


 『雪の道、特に下りのカーブでは急ハンドルや急ブレーキは禁止です。エンジンブレーキを十分にきかせて、安全にドライブしましょう』


「そうなんだ」

 友人やお父さんにも確認をする。

「そうだな、冬タイヤの金は出してやる。それに樹脂チェーンも積んでおけ。

高速道路や、下道でチェーン規制が出ればスタッドレスでも降ろされるし、長いトンネルがあるところでは金属チェーンは切れてしまう」

「なんでスタッドレスなの?」

「昔はスパイクタイヤと言って、金属の鋲が埋められたタイヤが、冬の定番だったんだよ。道路が傷むから禁止になってね」

「そうなんだ」


 智子は、タイヤを交換してご機嫌だった。

 エンジンブレーキは、アクセルを戻すことで効きます。

「ほう」

 だが実際に行うと、全然効いている感じがしない。


 当然だが、セレクターはDのまま。

 エンブレエンジンブレーキが欲しいときにはセレクターをBとかに変更する。車種によってSとかLというモードのときもあります。


 だがDのままでは、下りで車はガンガンに加速していく。


「きゃあぁぁ……」

 彼女はフットブレーキを踏む。


「壊れているわ」

 アクセルから足を放しても加速した。

 エンジンブレーキがきっと壊れている。


 そう、きっとかの女の頭では、アクセルから足を放せば排気ブレーキ搭載のトラックのようなガツンとくる制動感があるのだと考えた。

 実際動画サイトでエンジンブレーキは有効に使おうという動画では、タイヤがロックして煙が上がっていた。


 まあ車種は、チューンドの某ミッション車。

 土屋○一というおじさんが、ターンインの切っ掛けに使うことがあるとか、それを披露する怪しい動画だった。

 

 実際ミッション車で、クラッチを切り、ギヤを一つや二つ落としていきなりクラッチを繋ぐとガツンとエンブレは効く。


 だが、オートマチック車では、構造的にそこまで効かない。



 彼女は考える。

 これでは冬の道を安全に走れない。


 そう思って、車を買った中古車屋さんに駆け込む。


「やっぱり中古だから駄目なのよ」

 思い込んだ彼女に常識は通じない。


「何があったのでしょうか?」

「エンブレが壊れているのよ、まだ保証期間中でしょ直してよ」

「あーいや、この車は軽ですし、オートマチックミッションですから、この位ですよ」

「嘘ね」

 彼女の目がキラリと光る。


「嘘ともうされましても」

 スマホを操作して、例の動画を流し始める。


「ほら、走ってきて、アクセルを戻すだけで、ギャンとか言ってタイヤが鳴るのよ」

「はあ、そうですね」

「直して」

「ええっ。ですから車が違いますし」

「むー判ったわ」

 プリプリしながら、彼女は出ていった。


 だがその怒りは収まらずに、彼女は販売店やら修理工場に絨毯爆撃を行う。


「車のエンブレを直して」

「ええっ?」

 だが多くは無理ですと断ってしまう。


 そんな中で行き着いた店。

 スピードショップ泥沼自動車。


「車のエンブレを直して」

「はい。どのように直しますか?」

 他の店と対応が違う。


「効かないの。弱いのよ」

「そうですか、少し乗っても?」

「良いわよ」

 彼女を助手席に乗せて、一般道を走る。


「そこでエンブレを使って見てよ」

「あーこれは、危ないですねぇ」

「でしょう。それなのにどこも出来ないと言うのよ」

「お客様は、ミッション車の免許はお持ちですか?」

「持ってないわよそんな物」

「そうですか」

 その時、ぼったは免許があればミッションを、オートマからミッションに乗せ替えようかと考えていた。


 無ければ仕方が無い。

 それであれば、ECUと呼ばれる、制御用コンピューターをいじるしかない。

 まあ打ち込みで何とかできるか?

 頭の中で情報を整理する。


「そうですね。これはエンジンに問題がありますので、少々お高くなりますよ。ご予算はどのくらいでしょうか?」

「やっぱり壊れているのね」

「そうですね。お役様失礼ですが、二十歳は越えていませんよねぇ」

「十八よ」

「でしたら、親御さんに保証人になっていただいて、ローンということも出来ますので」

「うーん。安全には変えられないわ」


 暴走中の彼女は、深く考えることなく、仕事を依頼した。

 見積価格は、工賃込みで六十万円。 

「こんなにするの?」

「ええ、お客様の場合はエンジンブレーキの強化でございます。一度エンジンを降ろして、組み直す必要や、消耗品、コンピュータの調整。あそこに見える車のようにバラバラにしないと駄目なんです。簡単ではない作業ですので、どうしてもお高くなります」

 妙に迫力のある目で、ボッタは彼女を見つめる。


「やるわ」

「まいどぉ」

 だが実際に、この手の客で自分でエンジンをばらす客はいない。

 エンジンルームをクリーニングして、ECUと呼ばれる制御ユニットを調整する。


 アクセルオフでギヤを必ず二段落とす。

 それだけで車はギクシャクする。

 一応キツい坂では、セレクターを変更することを教える。



 早い連絡で智子は喜んだ。


 道路へ出て、アクセルオフを試してしているのだろう。

 奇妙にギクシャクしながら走る車が一台……


「お客様の笑顔が一番だなぁ…… なあクリ?」

「そうだなぁ。満足して貰って何よりだ。なあボッタ」

 二人の笑い声が、夕暮れの店先に響く。


 そして、キキーというスキール音と、ガシャンと言う音も……


 エンブレでは、ブレーキランプが点灯しません。

 周囲のドライバーに迷惑をかけることがあります。

 注意しましょう。


「おや、追突されましたね。次はどうされます?」


 スピードショップ泥沼自動車は、今日もお客様の幸せを第一に、どんな願いも叶えます……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る